綺麗なままで



頭の中のおまえの写真を、定期的にマジックで、真っ黒に塗りつぶしているんだけど、だめだな、すぐに新しい、おまえがすぐに、上書き保存されちゃって、ああ、だから、いっしょになんて、住みたくなかったのに、

「ムッちゃん?」

心配そうにおれを見つめるおまえの顔、色素の薄い瞳が綺麗だ。でも、マジックで塗りつぶす。黒く黒く、黒く、心が惹かれないように。

「ん?どうした、日々人、」

おれは弟のことがすきだった。家族としてじゃない、恋人として、恋愛感情で、性的対象な、すきだった。
そうだ、おれは弟を愛していた。世界中の悪から守ってやりたかった。美しいものだけを見させてやりたかった。真綿に包んで閉じこめたかった。おれの想いなんて知らずに綺麗なまま死んでほしいと願っていた。
でも、頭のすみでおれは、ずっと弟に犯されたかった。おれの身体をめちゃくちゃに壊してほしかった。気もちが悪いと罵ってほしかった。唾を吐かれて軽蔑してほしかった。目も合わせずに、おれが存在していないように、徹底的に避けてほしかった。
心なんていらなかった。どうせ受けとってもらえない感情なら、せめて身体だけでも、思い出がほしかった。生きるための骨になるような、思い出がほしかった。
そして、それを眺めて舐めて味わいながら、死にたくなるくらい傷つきたかった。そんな激しい罰がほしかった。

心を削りとられるような罰が。

「ムッタ?」

ハッとする。心配そうにおれを覗きこむおまえの顔、色素の薄い瞳が綺麗だ。綺麗だ。弟と同じ、色素の薄い瞳が、

「ん?どうした、ヒビト、」

日々人がいなくなって、NASAを去って、一切の連絡も絶って、一年くらいだっただろうか。

家の前で赤ん坊が泣いていたのは。

すぐにわかった。あ、これ、日々人の子どもだ、って、瞳の色とか髪の毛とか鼻の形とか輪郭とか爪とか喉元、とか、そっくり、ていうか、まるで、生き写しで、あいつ自棄になってたし、そういえば、死んでたってメールが、ああ、なんかもうぜんぶどうでもよくなったんだろうな、えっ、あっ、ふーん、あっ、そうなんだ、そういう奴なんだ、死んでても女とセックスする元気はあるんだぁ、へー、へー、へー、へー、

………心を削りとられるような罰が。

(ほしかったんじゃないのか、おれは)

泣いている赤ん坊をくるんでいた産着には、『His name is Hibito』と書かれたメモが入っていた。

「ムッタ、明日は釣りに行こうよ」

大丈夫?と訊くヒビトに、少し疲れているだけだから、と微笑む。
色素の薄い瞳が綺麗だ。

あれから十四年。ヒビトは美しく成長した。
あのときの弟によく似ている。おれの後ろを恨めしそうに見ていたあの弟に。
でも、ヒビトはおれを憎んでなんかいない。おれを、父親として、父親として、愛してくれている。
おれもヒビトを父親として愛している。世界中の悪から守ってやりたい。美しいものだけを見させてやりたい。真綿に包んで閉じこめたい。そういう、愛してる、だ。

「いいな。よし、どこに釣りに行く?」

はじめておまえが歩いたあの日、ムッちゃんとはじめておれを呼んだあの日、同級生の女の子に手紙を貰って赤くなっていたあの日、かけっこで一番になったあの日、勉強のことで叱ったあの日、夢をみたあの夜、
愛してる。おれたちにはたくさんの思い出がある。これからも増えていく。そういう、愛してる、だ。

そうだ。このままなにもはじまらず、なにも終わらず変わらず、産まれず、おれたちは生きていく。
ずっとずっとずっとずっとずっとずっと、ずっと、

「ロシア」

ずっと、愛しているんだ、ひびと。

「えっ、」

ムッタ、おれ、ぜんぶ、わかってるんだよ。
そう言ってヒビトは無邪気に笑った。まるで天使のように。
過去の海に沈んでいたおれを銛を突き刺すような笑顔で。

ムッタ、おれはムッタの子どもじゃないんでしょう。ロシアにいる日々人の子どもなんでしょう。
お母さんは?ふふ、顔も名まえも知らないような女の人かな?
よくムッタもおれみたいなのを育てる気になったね。
兄としてのセキニンカンってやつ?ばかみたいだね、そんな言葉でいつまでじぶんを騙しているの。

「ムッタ、おれはね、」

…ムッタ、ムッタは日々人のことがすきなんでしょう。
わかるよ、おれもムッタと同じだもん。

呼吸が荒くなる。目の前が闇に包まれる。やめてくれ。やめてくれ。お願いだから、お願いだから、生活を壊さないで。心を暴かないで。今のままでいさせて。

「ムッタのことが、」

ヒビトが言ってしまったら?はじまってしまう。日々人の代わりにおれを犯して、と口が動いてしまう。
お願いだから、父親のままでいさせて。
なにもはじまらず、終わらず変わらず、産まれず、このまま生きさせて。

それが、むりなら、せめて、今、死にたい。綺麗なまま、なにもはじまらないまま、今、死にたい。
今すぐ心臓発作になって死にたい。死にたい、今すぐ死にたい。父親のまま、なにもはじまらないまま、産まれないまま、綺麗なまま。
今すぐ、今すぐ、今すぐ、お願い、ヒビト、いいこだから、

「……すきなんだ」

殺して。

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