純真な殺人者たち



たぶんムッちゃんが夢をあきらめて、おれを見なくなったあたりから、おれの中でムッちゃんは死んじゃってたんだと思う。

「こんなこと言うと怒られそうだけどさ」と日々人はつづけた。
おれは弟兼恋人のとつぜんの告白に、はぁ、そうか、と気の抜けた言葉しか出せなかった。

「びっくりした?」

日々人は、やっちゃったなぁ、という雰囲気を隠さずに訊いてきた。
そりゃあそうだろ、頭の中で死人扱いされてたんだろ、おれ。と日々人を責めてやりたくなった。でも、半年前の告白のほうが驚いたし、なかなか処理できなかったっけ。
それをそのまま日々人に言えば、そりゃそうだ、と大きく笑った。

おれはこいつの頭のネジがたりないところがきらいだ。たまにどうしようもなく愛しくなるときはあるけど、やっぱり基本はきらいだった。
おれは臆病者だから、予測できないことがこわいのだ。できれば、じぶんの予測できる範囲で事件がおこってほしい。おれは驚きたくない。ただそれだけだ。
それに、おれは予測できないことがあると、それの処理にとても時間がかかってしまう。そんな女々しいじぶんがすごくいやだった。
だから、おれは日々人がきらいだ。あいつは昔から、なんでも急で、予測できなくて、おれはびっくりして殻に閉じこもって、女々しいじぶんがいやになる。
あいつはいつもおれのコンプレックスを呼んでくるから。

昔、父ちゃんが言っていた。日々人は白のパンダだと。

「なんだよ、それ」とおれが言うと、父ちゃんは「PUFFYって知ってるか」と訊いてきた。
「知ってるよ、歌手だろ、女の二人組の」と答えると、父ちゃんはなつかしそうに目を細めた。

「そうそう、日々人が産まれたときにはな、その娘たちの歌がそこらじゅうから流れてたんだ。白のパンダをどれでもぜんぶ並べて、ってな」

「ははっ、なんだよ、それ、いみわかんねぇ」とおれが笑うと、父ちゃんも、「だよなぁ、いみわかんねぇよなぁ」と笑った。
そして、父ちゃんは笑いながらつづけて言った。

「日々人はな、いみわかんねぇ奴なんだよ。いみわかんねぇ歌がそこらじゅうから流れてたときに産まれたんだ。いみわかんねぇ奴じゃないほうが変だろうよ」

それに妙に納得したことをよく覚えている。

「ムッちゃん?」

日々人のネジがたりないのも、白のパンダなのも、おれのコンプレックスを呼んでくるのも、いつものことだった。でも、今日はいつものことですましたくないな、と思った。
それはきっと日々人も同じだろう。半年前の目をしている。おれが殻に閉じこもるのを、ゆるさない目だ。

「聞いてるよ。あと、近い」

いつのまにか隣に座っていた日々人は、唇がつきそうなほど顔を近づけていた。手のひらで遮って、顔を引く。そして、「おれ、死んでたの?」と日々人に訊いた。

「うん。ムッちゃん、殺しちゃって、ごめんね」

こういう言葉がすらすらと出てくるところが白のパンダたる由縁だなぁ、と感心しながら、目で、それで?と促した。

ムッちゃんはおれの一部だった。いつもいっしょにいて、同じ夢を追って、宇宙に向かって走ってた。ムッちゃんはおれで、おれはムッちゃんなんだよ。

日々人が真剣な目でたんたんと言葉を紡いだとき、ゾッとしなかったと言えば嘘になる。でも、こいつのどこか危ういかんじを知っているおれは、ああ、またか、と冷静になることができた。

「なのに、ムッちゃんがおれから離れるから…」

日々人はほんとうに悲しそうに言った。絞り出すように。おれはそれを聞いて、ああ、なんてひどいことをしていたんだろう、と改めて思った。
「一人にしてごめんな。こんな広い家で淋しかっただろう」
そう言って日々人を抱きしめてやりたくなったけど、そんなことをしてもこいつは喜ばないとわかっていたから、伸ばしかけた手をぎゅっと握りしめた。
そんなおれの思いを見透かしたように、日々人は声を荒らげる。

「おれは、淋しかったんじゃない。悲しかったんじゃない。ムッちゃんが憎かった。おれを捨てたムッちゃんが憎かったんだ。頭の中で殺すくらい、憎かったんだ」

殺したんだ、死んでたんじゃない。おれの手で、意思をもって、ムッちゃんの柔らかい首をしめた…。

おれは、そうか。とだけ呟いた。なるべく感情がこもらないように。小さな弟を傷つけないように。それでも、わかってはいたけど、現実で言われると、きつい言葉だった。

昔、日々人に殺される夢をみたことがある。
短く荒い息を吐いて、追いつめられた獣のような瞳をしていた、殺してやる殺してやる、とくりかえしながら、おれの首に手をかけた男は、たしかに弟の顔をしていた。
おれは殺されながら泣いていた。日々人の憎しみが痛いくらい胸に刺さった。それはあまりにもリアルで、殻に閉じこもって処理をする必要がないくらいリアルで、今も心の中心に存在している。

「ごめんね。憎くて憎くて、頭の中で殺すくらい憎いのに、それでも、ムッちゃんがすきで、」

だいすきで、ごめんね。
日々人は涙を流しながら、吐き出すようにそう言った。
子どもの顔をした弟が、おれは、愛おしくてたまらなかった。

「知ってたよ。いいよ、それでも、おれも日々人がすきだから」

日々人はずっとゆるされたかったのだと思う。ずっと兄を殺したじぶんをゆるしてほしかったのだと思う。ゆるされてはじめて心から息がつけるのだと思う。
でも、おれにそんな権利があるのか。日々人を殺人に駆りたてたのはおれなのに、ゆるす権利がおれにあるのか。

「……ほんと?」

それでも。

おれを求めるおまえの瞳をなくすくらいなら、おれは鬼になってやる。

「ああ、すきだよ、日々人、」

やさしくて、甘い鬼になって、おまえの心を救ってやる。

「…ッ、ありがとう、ありがとう、ムッちゃん、」

ああ、日々人、そう、深呼吸して、たくさん泣くんだ。おまえはおれが鬼になったことなんて、おれの心なんておれの罪なんておれの偽善なんて、なにも知らなくていいんだ。そう、

(………おれのかわいい白のパンダは、)

なにも知らなくていい。

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