静かな足音が資料室のドアを開く。
「エディ!」
その後ろから騒音が追う。閉まりかけたドアに滑りこんだ男は語気を強めて叫ぶ。
「エディ!なぁ、エディ!」
静かな足音はエディという、白髪のめだつ壮年の男のものだ。
「…ッ、顔ぐらい見せろよ!」
騒音はカルロという、髪型をオールバックにしたたれ目の男だ。
「どうして顔を見る必要がある?」
「あんたに話したいことがあるからだよ!」
「なんのために?」
エディは顔を上げずに手元のメモを眺めながら、目的の資料を探している。
その後ろをカルロは怒ったような焦ったような表情で追いかけている。
「エディ、お願いだから、顔を見せてくれよ…」
「だから、なんのために?」
カルロの懇願をエディは切り捨て、手元のメモを眺めている。
「どうしてあんたはそんなにひどいことばかり言うんだ…!」
そうカルロが責めても、エディの顔はぴくりとも動かない。
「言っただろ、あんたがすきだって」
「そういや言われたな。で?」
「それを断ったのは覚えてるか?」
「ああ、」
でも、やっぱりだめなんだ。あきらめられない。エディがすきだ。
カルロの必死の言葉が埃っぽい資料室に響く。
もちろんエディの耳にも届いているはずだが、まるでなにごともなかったかのように資料を探しつづけている。
そんなエディを見たカルロは肩でしていた息を抑えて立ち止まった。
「エディ…、そんなに、そんなにおれがきらいなのか?顔も見たくないくらい?」
はじめは小さな声だったが、だんだん大きく強い声になっていく。
「必死の告白を無視するくらいおれがきらいなのか?そんなにおれの言葉が迷惑なのか?それならそうと言えばいいじゃないか!曖昧に逃げてばかりで!話を聞こうともしないで!そんなことをするくらいならはっきり迷惑だって言えばいいじゃないか!」
カルロの睫毛の長い瞳が湿っている。
それでも、エディは顔すら上げなかった。
顔すら上げずに呟いた。
「……ほんとうにはっきり言っていいんだな?」
カルロがたじろぐ。足元がゆらいでいる。
そんなカルロを無視して、メモに目を向けたまま、エディはたんたんと言葉をつづけた。
「はっきり言っていいんだな?おまえの言葉も行為もなにもかも、迷惑だって、はっきり言ってもいいんだな?」
そこではじめてエディはカルロを見た。なんの感情もこもっていない瞳だった。
「……いやだ、」
カルロが情けなくそう呟くと、エディはふっと笑った。
そして、笑ったまま、集めた資料を抱えてカルロの前まで歩いて、立ち止まる。
「せっかく曖昧な言葉で濁してやってるのに…、」
エディは笑いながらそう言うと、キッと眉間に皺をよせて、カルロを睨んだ。
「恋を捨てる覚悟もないガキが大人に愛を語るんじゃねぇよ」
そう唾を吐くように言うと、エディはカルロを残してそのまま資料室のドアを閉めた。