おめでとうと言われる日



「……日々人?」
「きちゃった!」

あっ、今の会話、恋人同士みたいだ。
こんなことでうれしくなるのは、ムッちゃんに久しぶりに会えてうかれてるからだよ、わかってる?
……わかってるわけないか。

「おまっ、なんで?学校は?部活は?」
「もうとっくに終わってるよ。10時だよ、今」
「あっ、ほんとだ」

腕時計を見てムッちゃんが言う。そのあと、こんな夜遅くにとか、云々、ぼそぼそなにか言っている。
ねぇ、高校生の弟が大学生の兄の一人暮らしのアパートに、突撃するのは悪いこと?
ガキじゃないよ、ムッちゃんが思ってるより、大人だよ。変な奴に連れさられたりしないよ。
それに、ムッちゃんにおれを怒る権利なんかないだろ?小学生のころ、星を見るためにこっそり抜け出してたこと忘れたの?

(おれってば、女々しいなぁ)

ムッちゃんの前では男らしくしようって決めたのに、いつもは隠してる女々しさがあふれてしまう。
ムッちゃんはおれがこんなこと考えてるって、知らないんだろうなぁ。
知らないままでいてほしいけど、なんか、なんか、ね。

ムッちゃんは「で、なにしに来たんだよ」と鍵を開けて中に誘ってくれたけど、(そういう素直じゃないところがすき!)おれは「たいした用じゃないから」と玄関から動かなかった。
ムッちゃんの部屋に入ったら、いろいろ想像しちゃって、眠れなくなりそうだから。
なんて、言わないけど。

「ムッちゃん、おれ、今日、誕生日なんだ」

だからさ、星を見に行かない?昔みたいに、あの丘で、いっしょに星を見て、月を見て、ガキのころみたいに、すげぇな、って、いっしょに月に行こうな、って、お願い、ムッちゃん、ねぇ、

(…なんちゃって)

言わないよ、こんなこと言ったってどうにもならないって、わかってるから、経験してきたから。
でも、考えるのはやめられない。あの夜の約束を、おれはまだあきらめきれないんだ。
女々しいなぁ、と改めて思う。ムッちゃんが宇宙の話をしなくなって、どれだけ経ったと思ってるんだ。

「えっ、嘘、今日って17日?」
「うん」
「ああ〜、そっか、悪い、ちょっとまってて」

悪くなんてないよ。ふつうの兄弟は誕生日だからって祝ったりなんかしない。
おれがふつうじゃないだけ。おれがムッちゃんに執着してるだけ。
だから、ぜんぜん悪くなんてない。ムッちゃんはなんにも悪くないんだ。
立ったまま深く考えこんでいるとなんだか足が疲れてきたから、玄関に座りこんだ。ら、

「…うわ、熱っ、」
「寒いだろ。やるよ、コーヒー。インスタントだけど。あっ、砂糖はちゃんと2杯入れたぞ」
「いきなり顔にコップあててくるとか小学生かよ…」

嘘だ。うれしい。そう、おれ、砂糖は2杯なの。ムッちゃん、覚えててくれたんだ?
うん、もうこれだけで来てよかった。
ただのインスタントコーヒーなのに、ムッちゃんが淹れてくれただけてこんなにおいしい。こんなにうれしい。こんなに幸せだ。

「で、なんの用なの」
「えっ、なにが?」
「なにがって…、わざわざコーヒー飲みにきたわけじゃないだろう」
「あー、うん、用ね…」

用って訊かれてもね。「ムッちゃんに会いたかっただけだよ」って言えってこと?むりむり。
もうコーヒーだけで幸せだから、それでいいしなぁ。
おれが、さぁ、どうやってごまかそうか、と考えて黙っていると、ムッちゃんがニヤニヤと笑いはじめた。

「…なんだよ」
「わかったんだよ」
「なにが」
「日々人、おまえ、失恋したんだろ」

おまえがそれを言うのか!そう叫んでコーヒーを顔にかけてやりたくなったけど、ぐっとがまんして、口のはしをひくつかせるだけですんだ。

「わかるよぉ〜、日々人クン、つらいよなぁ〜」

ばんばん、おれの背中を叩く、ムッちゃん。なぁ、楽しんでるだろ、ばか!
あのねぇ、失恋したのは、ムッちゃんにだよ!16年間、おれは、ムッちゃんに失恋しっぱなしなんだよ!
気づいてないだろ?知らないだろ?
べつにいいけど、隠してるから、いいけど、いいけど、ばかばかばか!

「…うん、そう、つらいんだ、慰めてほしい」

イラッとしたけど、ムッちゃんの「頼られてうれしい!」って顔でどうでもよくなった。
はいはい、頼ってあげるし、甘えてあげます。

「そうかそうか、つらいか、日々人クン」

背中を撫でるムッちゃんの手のひらが昔の手のひらじゃない。大人の手のひらになっていた。
その手に抱きしめられたいなぁ、と思ったけど、そろそろプライドが限界だから、砂糖2杯のコーヒーをぐいとあおって、「もう帰る」と宣言した。

「もう行くのかよ」
「行く」
「怒ってる?」
「怒ってないよ」

ムッちゃんは兄貴ぶりたいってちゃんとわかってるから、怒ってはいなかった。
残念そうに訊くなよ、とは思ったけどね。

「……日々人ぉ、」
「なに、ムッちゃん。あ、コーヒーありがと」
「おまえ、かっこいいよ」

はぁ?ぽかんと口が開く。
そんなおれに関係なく、ムッちゃんはつづけた。

「おまえをフッた女の子もさ、見る目ないよなぁ。おまえはこんなにかっこいいのに。しかも、野球部のエースのくせに、勉強もできるし、かっこいいよ、おまえ。だからさ、あんま気にすんなよ?」

もしかして、ムッちゃん、ほんとに慰めてくれてんの?
………ばか、

(見る目ないのはムッちゃんだよ)

でも、「うん、ありがと」と呟いた。
ムッちゃんのそういうお人よしなとこがすきだけど、今はちょっとつらいや。

「じゃあね、ムッちゃん」
「おう、またな、日々人」

そう言って、ムッちゃんの部屋から出る。
砂糖2杯のコーヒーと大人の手のひらと残酷な慰めを思い出しながら、カンカンカンと階段をおりる。
すると、上から「日々人!」という声がした。ムッちゃんだった。
忘れもんはないはずだけど、と思いながら、ムッちゃんに「なーに!」と叫んだ。

「誕生日おめでとう!」

忘れてた、そんだけ!気をつけて帰れよー!

(……ばか!)

ムッちゃん、なんで、そんなにおれの心を弄ぶの、ひどいよ。
喜ばせて、惹かせて、傷つけて、また喜ばせて。
ひどい、ひどいよ。もうあきらめさせてよ。これ以上、すきにさせないでよ。

でも、最高の誕生日プレゼントをありがとう。
その笑顔だけで来年の今日まで生きていける。

「うん、ムッちゃん、ありがとう!」

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