「おまえ以上におれの心を乱す奴は、もう現れない気がするよ」

おれがあいつを想うのは、憧れからだったと思う。あいつにはおれとはちがう、やさしい母親がいたから。羨ましかった。あいつは母親に抱きしめられる喜びを知っている、とふいに頭をよぎるたび、胸が化膿した傷のようにずくずくと痛んだ。しかたがないことだ、あきらめよう、あきらめよう、と幼いことからずっと目を背けてきた。でも、だめだった。羨ましかった。どうしようもなく。止められないくらい。昔から。

「おまえ以上に…、」

あいつは綺麗だ。あいつは美しい。あいつはおれとはちがう。どこが?母親の有無が?いや、ちがう。もっと、なにか根本的ななにかが、と、疑っていたときに、あいつが王子だと知った。おれは、羨望や絶望よりも先に、腑に落ちた、と感じた。身分、生まれ、というより、種の差とも言うべきなにかが、やっとわかった気がした。おれとあいつは、犬と人ぐらいちがうのだ、と。そして、はじめは淡い憧れだった感情が、いつのまにか激しい憎悪に変わっていたことを、身を裂くような胸の痛みで気がついた。

「だれかを想うことは、もう、」

それからは、止まらなかった。あいつにおれと同じくらいの絶望を味わわせなければ、胸の痛みで死ぬんじゃないかとすら、思った。それなのに、久しぶりに会ったあいつは変わらず、濁らず、汚れず、存在していた。憎らしかった。おれは、あいつのせいで膿んでしまったというのに、昔のような笑顔がつくれるだなんて。憎くて憎くてたまらない。その笑顔を壊してやりたい、と強く思った。

「できない、」

あの日、王宮が燃えたあの日。あいつの笑顔が壊れた。あいつの瞳が絶望に染まった。それを望んでいたはずなのに、おれの心は乱れた。胸の傷が痛んだ。どうして!とあいつを糾弾したくなった。わからない。おれはあいつをどうしたいのか。あいつはおれのなんなのか。おれはあいつにあんなに酷いことをしたのに、おれはあいつをあんなに傷つけたのに、あいつが国を去ったことが、こんなにも悲しいだなんて、どうして、

「アリババ」

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