「ねぇ、父ちゃん。父ちゃんはなんで母ちゃんと結婚したの?」
昔、と言っても高校生のころ、訊いてみたことがある。たぶんだれでも一回は訊くような、ありきたりな質問を。
「う〜ん、やっぱり、すきだったからだなぁ、」
そして、たぶんどの父親も多少の言葉のちがいはあれど、同じ意味の言葉を呟くのだ。
『すきだったからだよ』
多くの人は、年を経て、想ったり想われたりときめいたりときめかれたり傷つけたり傷つけられたりしながら、気づく。幼いころはわからなかったことを。たとえば、父も母も恋をして傷ついて今ここにいる、というようなことを。傷ついて惹かれあって恋をしておれたちが産まれた、というようなことを。
『すきだったからだよ』
母ちゃんが、お母ちゃんが母さんがお母さんがママがママンがあいつがあれが、すきだったからだよ。
「…そっ、かぁ〜、あーあ、のろけられちゃったよ、」
それなら、おれだって、おれたちだって、結婚できるはずじゃないの?
『すきだったからだよ』
それが結婚の恋愛の、恋の、理由だとしたら、おれの気もちは、おれの恋は、成就するはずなんじゃないの?
(だって、おれ、ムッちゃん、すきだもん)
でも、だめなんだろ?むりなんだろ?知ってるよ。そこまでばかじゃないよ。はぁ、なんでだろう。男だから?兄弟だから?だから、すきなのに、この気もちは叶わないの?
「……いいなぁ、父ちゃん、いいなぁ、」
いいなぁ、すきな人と、結婚できて恋愛できて、恋ができて、気もちが、恋が、成就して、叶って、いいなぁ、いいなぁ、羨ま、
「羨ましいか」
あのとき、父ちゃんは、羨ましいか、と真剣な顔をして言った。
「うん」
「そうか、」
「うん」
「結婚はな、いいぞ」
「…うん」
「でも、おまえの幸せがそこにあるかどうかは、わからんしなぁ、」
だから、おまえのすきにしなさい。父ちゃんと母ちゃんのことは気にしなくていいから。
(……父ちゃんは、)
たぶん、うすうすわかってたんだろうなぁ。とおれは今になって思う。
「ねっ、ムッちゃん、」
けど、まあ、まさか、成就するなんて思ってなかっただろうけど。
「なんだよ、日々人、あ〜あ、腰が痛い」