ぼくが、子どもの頃に住んでいた家は庭があった。そこは、土がほんのり湿っていて、草がぼうぼう生えていたから、だんご虫がたくさんいた。ある石をどかすと、だんご虫の一家が、わぁ、とあわてるのが楽しかった。その石に名字をつけていた。岩下さん家。三日にいちど、ぼくは岩下さん家を訪問して、枯れ葉とか、キャベツとかを、おみやげに置いていった。ほんとは毎日、行きたかったけど、迷惑かな、と思ってがまんしていた。岩下さん家に行けない日は、庭を探検していた。庭はいつでも発見があった。白詰草の群生に、四つ葉がたくさん生える場所があること。ここをぼくは天国と呼んでいて、天国では毎年、五本は四つ葉が採れた。庭の紫陽花は学校とちがって赤いこと。ぼくはこれを、庭の紫陽花の下には死体があるのかもしれない、と考えていた。血を吸って、赤くなっているのだと。だから、ぼくはときどき紫陽花の下を掘った。でも、すぐにやめてしまう。怖くなって、やめてしまう。そして、いつもごめんね、と言いながら、天国の四つ葉をお供えしていた。向日葵の枯れる姿があまりにも惨めなこと。夏の盛りには、太陽を追って、あんなに生き生きと輝いていたのに、秋に近づくにつれて、俯いていく姿は惨めで惨めで悲しくなった。だから、ぼくは夏の盛りに向日葵を切って、庭のすみに埋葬していた。綺麗なままでいてほしかったから。金木犀の香りが、女の子を美しくすること。ぼくは金木犀の香りがだいすきだった。この香りがだいすきなりなちゃんからしたらすてきだと思った。そして、りなちゃんの机の中に、庭で集めた金木犀をハンカチで包んだもの、を入れた。その日はりなちゃんの側を通るたびに、金木犀の香りがして、くらくらした。けれど、次の日には捨てられてしまった。いじめかなぁ、と言っていたりなちゃんには、まだあやまれていない。椿は花ごと落ちること。初めて見たときは衝撃だった。ぼとっ、ぼとっ、ぼとっ。今、花が死んでいる!ぼくが、死を感じた瞬間だった。椿の花も向日葵と同じようにきちんと埋葬した。すごく、厳粛な気もちだった。庭は楽しかった。ぼくは庭がだいすきだった。たぶん、りなちゃんよりもすきだった。でも、その庭はもうない。庭とぼくの終わりは覚えていない。ひどい別れだったんだろう。小さいぼくには庭との別れは耐えられなかったにちがいない。だから、楽しかった思い出だけしかない。他は忘れてしまった。ぼくの子どもの頃の記憶は、庭と、りなちゃんと、岩下さん家と、たくさんの花だけ。それだけ。父も母もいない。忘れてしまった。

ぼくが、子どもの頃に住んでいた家は庭があった。

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