「きみはずいぶんとわかりやすい男だね」

そういうの、

「どうかと思うよ」

偕老同穴を望む

なおこが結婚するらしい。あの電話から2年たった。なおこが結婚するらしい。

「あんたもしつこいよね、」

あんなに電話してきてさぁ、なまえも知らないあたしなんかに、…あ、あった、ほら、これだよ、あんたが言う証拠ってやつ。と、なおこの友だちが見せてくれたはがきには、なおこと知らない男が笑っていた。そして、その上で大きな祝福の文字が踊る。まるで、2人の結婚を祝いなさい、と命令しているかのような、自己主張の激しい文字の羅列に、吐き気がした。

(……なぁ、なおこ、)

嘘だろう?と肩を揺さぶりたいけれど、わかってる、おれにはそんな資格はないんだ。だって、おれたちはなにもかもが遅すぎて、どうすることもできなくて、終わってしまったんだから。おれがまだなおこを愛していても、なおこはそうじゃない。なおこがおれを愛さなければいけないなんて、義務はない。おれもない。義務はない。愛はない。恋じゃなかった。恋じゃ…、

「あれぇ、おかしいなぁ、おれには、はがき、こなかったけどなぁ」

おれのせいいっぱいの虚勢は、けだるそうにグラスをくるくると回している女(なまえは知らない。なおこの友だちだ、という記憶しかない)の、呆れた声に潰された。

「そりゃ、ま、そうでしょ。昔の男なんか、結婚式に呼ばないよ、ふつう」

ははっ、昔の男かぁ。おれは自嘲することしかできない。昔の男、なおこにとって、おれは昔。でも、おれにとって、なおこは、今だ!

(そうだ、今だ!ああ、なおこ、おれは今でもなおこが、)

未練あるの?と女が訊く。おれは無言。お察しください。この醜態で!さぁ!

「ねぇ、結婚式は?行くつもり?」

しかし、女は、あーあ、とため息を吐いたあと、結婚式は?行くつもり?だと。はぁ?なに言ってるんだよ、ばかやろう。

「ははっ、行けるわけないだろ?」

だいたいおれの席がないじゃないか。おれは、常識だろうが、と蔑むように。しかし、女は、あんたねぇ、結婚式にも行ったことないの?とさらにため息を吐きながら、

「まぎれることなんて、かんたんにできるんだよ」

あたし、昔、やったことあるもの。

「きみはずいぶんとわかりやすい男だね」

ばかだった、あんななまえも知らない女を信用したおれがばかだった、ちくしょう、ちくしょう、こんな惨めなことがあるか!

「ほんとうに青いんだね、きみは」

おれはまぎれた、ああ、まぎれた。…と、信じたい。だけど、忘れていたよ、おれは青いんだった。

「ちょっと、いいかな」

すぐにみつかった。すぐにみつけられてしまった。よりにもよって、なおこの、なおこの、(未来の)夫なんかに!

「やめてくれないかなぁ、そういうの、」

不愉快なんだ、とても。

(不愉快?不愉快だと?おもしろくないのはおれのほうだ!)

裏につれていかれて、開口一番、やめてくれないかなぁ。もともと沸点が低くなっていたおれの頭はすぐに沸騰した。

「…そういうの?」

でも、あえてとぼける、おれ。神経を逆なでさせて、殴らせて、訴えてやる、ざまあみやがれ、ばかやろう!(おれはすっかりやさぐれていた)

「ぶざまだ」

だけど、殴られたのはおれのほうで。

「…なにがだよ?」

おれは急いで虚勢をはったけど、それは負けに気づかないように目を背けていただけなんだ。

「なおこはきみのものじゃない。なおこはぼくのものだよ」

やっぱり!男の槍はおれの心臓をひとつきにした。それなのに、おれは、まだ闘える、と思っていた。だけど、だめだった。次の一撃で、おれは死んだ。

「きみはいらないんだ。でていけよ」

そして、ほんとうにでていったおれはなんだ?…ただの臆病なくずだ。あんな奴の言うことなんて無視して、式に乱入して、なおこを奪え、ば、…ッ、できない、できやしない。奪ってどうなる?なおこの心がおれにないのに?奪ってどうなる?幸せになんかなれやしないのに?むだだ、こんな思考は、くずだ。

(…それなのに、きてしまった!)

むだだと、くずだと、知っていたのに、あきらめられなくて!だめだった、狂おしいほど、なおこがすきで、すきで、すきで、すきで、すきで、だから、おれは…、

(まだ、披露宴の扉にはりついている)

『次は、なおこさんの友人、美樹さんからの祝辞です』

みじめだ、ぶざまだ、みっともなくて、なさけなくて、かわいそうだ。死んでしまいたいくらい。

「なおこ…」

きっと、なおこのウエディングドレスはとてもきれいなんだろう。純白のなおこはおれが見たこともないような、そうだ、あのときのBUYBUYの笑顔よりも、幸せそうに、晴れ晴れとした、笑顔で、笑顔で、となりのあの男とときどきほほえみあって、友だちにからかわれて、照れ笑いして、ああ、ああ、すごく、きれいだ。それなのに、おれは見ることができない。想像を巡らすだけしかゆるされない。権利がない。

(これからのなおこに関わる権利がない)

なおこ、なおこなおこなおこなおこ、すきだ、すきだ、すきだすきだすきだ、すきだ、すきだ、なおこ、すきなんだ、

(どうして!)

なおこ、どうしておれを選んでくれなかったんだよ。どうしてあのとき、あんな笑顔で、BUYBUY、なんて言ったんだ。ますます、すきに、なってしまったじゃないか…ッ、

(なおこ、なおこなおこなおこなおこ!)

すきだ、すきだすきだすきだ、愛してる!

『…お二人は、偕老同穴の契りを結んで夫婦になったのですから、』

ああ!偕老同穴、偕老同穴、ああ、なおこ、偕老同穴みたいに、おれとなおこがずぅっと二人っきりでいられる、牢獄が、あればいいのにね。閉じこめられたいよ。閉じこめてほしいよ。一生、出られなくたっていいよ。なおこがおれを、見ていてくれるなら、偕老同穴、偕老同穴、偕老同穴を、

(おれは、)

望むよ。




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偕老同穴(カイロウドウケツ)

@共に暮らして老い、死んだ後は同じ墓穴に葬られること。そのことから、夫婦の信頼関係が非常にかたいことを意味する。(使用例:偕老同穴の契り)

A海綿の仲間。胃腔の中に雌雄一対のドウケツエビと呼ばれるエビが棲んでいる。このエビは幼生のうちにカイロウドウケツ内に入り込み、そこで成長して網目の隙間よりも大きくなる。つまりは、一生、外に出られない状態となるのである。

Wikipediaより引用

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