昼休みに、コーヒーが飲みたいなぁ。と、いつもは行かない自動販売機の前で。オレンジジュースのパックにストローをさしている女の子を見つけた。……どうしよう!
「あれ、菊地くん?」
「あっ、蒼井さん…、こんにちは…」
「こんにちは、今日もバイト?」
「あっ、うん、バイト…、すいません…」
「あはは、あやまらないでよー」
女の子は蒼井さん、蒼井華さん、このあいだの事件から仲よくなった…、って俺が思ってるだけなんだけど…。
「蒼井さんは、どう?」
「あはは、大変だよー、動物園も、」
「サーカスも」
「ぷっ、」
「あははっ!」
蒼井華、って名前は知ってた。蒼井華、ドジばっかりする女の子、ほんの2週間前には、それだけしか知らなかったのに。
(ふしぎだなぁ、今は蒼井さんの左腕の手首に痣があることまで知ってるなんて)
…あれ?どうして俺は蒼井さんの左腕の痣の位置まで知ってるんだ?…って、そうか。俺がいつも蒼井さんの顔を見てしゃべってないからか。あーあ、俺ってば、なさけない。
「……ッ!うわっ!冷たっ!」
「えへへー、びっくりした?」
「蒼井さん、なっ、なに?」
「菊地くん、コーラ飲む?」
「えっ、あ…、ご、ごめん、俺、炭酸、飲めなくて…、」
どうしよう!蒼井さんがせっかくおごってくれたのに…。ああ、俺が炭酸が苦手なばっかりに…。ごめん、蒼井さん…。
「へ〜!菊地くんって炭酸だめなんだ?」
「うん…、すいません…」
「だーかーら!あやまらないでよ!そんなに気にしてないから!ね?」
「うん…、でも、そのコーラどうするの?蒼井さん、もうジュース飲んでるのに…」
「あー、そうだね…、どうしよっかな…」
あああ、ほら、蒼井さんが困ってるじゃないか!やっぱりむりをしてでもコーラを飲むべきだった…!俺のばかばかばか!炭酸が苦手とか言ってるばあいじゃないだろ!
「あっ、そうだ!」
……ッ!ごめん!蒼井さん、俺、やっぱりがんばってコーラ飲みます!
「炭酸が飲めないなら、菊地くんがこっちを飲めばいいんだよ!」
と、さしだされたのはオレンジジュース。もちろんさっきまで蒼井さんが口をつけていたストロー付きの。
「……えっ?」
「ねっ、あたし、コーラすきだし、いい案じゃない?」
「えっ、う、あっ、蒼井さん、」
「うんっ!いーね!きまり!」
「えっ、ちょ、ま、あっ、」
「じゃあね、菊地くん!お互いバイトがんばろうねー!」
「あ、あっ、あああ、」
蒼井さん!ちょっとまって!行かないで!俺を置いていかないで!こんな問題を残していかないでーッ!
蒼井さん、蒼井さーーーん!!!
「……どうしよう」
蒼井さーん!このオレンジジュース、俺が飲んだら、かっ、間接キスになっちゃうんだけどー?いいのー?気にしないのー?俺は蒼井さんに男として見られてないのー?
なんて、訊けないし。
「……どうしよう」
ああ、俺はただコーヒーが飲みたかっただけなのに。まさか最近ちょっと気になってる女の子に飲みかけのオレンジジュースをもらうことになるなんて、思いもよらなかった。
「……どうしよう」
っていうか、まず、飲むか、飲まないか?
「……どうしようどうしようどうしよう」
昼休み終了まで、残り9分36秒。