「もう、だれとも会うな。だれともしゃべるな。…おまえはずっと俺だけを見ていればいい!」
イサナの腕はふるえていた。
(そんなの、むりに決まってるじゃないですか…)
蒼井華はイサナの寝顔を見つめながら呟いた。部屋には二人しかいない。…あたりまえか。蒼井華はだれにも会ってはいけないのだから。
(でも、そんな生活ができるわけがない)
人間が生きていくのに、他人に会うことは、他人と会話することは必要不可欠だ。他人と交流し、情報を得て、文化を形成していった。人間とはそういう生物なのだ。他人と会わない、しゃべらない。それじゃあ、まるで…、
「動物じゃない…」
「動物じゃないか」
蒼井華は、えっ、と声をあげることすら叶わなかった。イサナに口をふさがれたのだ。イサナの目はらんらんと輝いていた。
「…動物じゃないか。人間も動物じゃないか。蒼井華も、俺も!人間だ!動物だ!なぁ、そうだろう?ちがうか?なぁ、蒼井華!」
イサナの手がはなれる。蒼井華はすぐに叫んだ。
「ちがいませんよ!」
そうだ。人間は動物だ。正論だ。だけど。だけどだけどだけど…!
「ちがいません、けど、それじゃあ、どうして人間には言葉があるんですか?…他人と交流して、他人をわかりたいと思うからじゃないんですか!少なくとも、あたしはそうです。あたしは…、あたしはイサナさんをわかりたいです…ッ」
蒼井華は泣いていた。
「もう…、一人で泣いてほしくないから…ッ!」
蒼井華はイサナを抱きしめた。泣きながら、力いっぱい抱きしめた。まるで、母親のように、姉のように、恋人のように。
「もう…一人はいやなんだ…」
イサナは呟く。
「一人はいやだ。だれかにいっしょにいてほしい。だけど、みんながはなれていくから…。俺は…。一人はいやだ。いやだいやだいやだ…ッ」
イサナは叫ぶ。
「蒼井華、おまえだけだ!おまえだけが俺をうけとめてくれたんだ。安心したんだ。俺は一人じゃない。おまえがいる。一人じゃない。だから…、」
おまえをだれにもわたしたくない。
「イサナさん…」
「なぁ、蒼井華、いかないでくれよ。俺といっしょにいてくれよ。お願いだから…」
イサナは泣いていた。まるで小さな子どものように。ああ、そうか。イサナは小さな子どもなのだ。はなれたくないと泣きわめく子どもだ。
「イサナさん…、あたしに大事なことを話してくれてありがとう。イサナさん、あたし、あたしはイサナさんがすきです。イサナさんを愛しいと思います。だから、イサナさんといっしょにいたいです。そして、イサナさんをもっとわかりたい…ッ」
蒼井華は腕にぎゅっと力をこめて、だけど、と言った。
「だけど、あたしはもっとたくさんの人をわかりたい、笑顔にしたいんです。だから、だから、イサナさんを家にしていいですか…?」
家?とイサナがふしぎそうに訊く。蒼井華は、はい、家です。とうなずいた。
「イサナさんは、あたしの家です。居場所です。だから、絶対に帰ってきますよ。安心して、まっていてくださいね」
蒼井華はイサナの手をにぎって、笑顔で言った。大丈夫、大丈夫、どこにも行かないよ。だから、安心して。
「…本当に?」
「本当ですよ」
「…嘘じゃない?」
「嘘じゃありません」
帰ってきますよ。
「…もしも、約束を破ったら、」
「破ったら?」
「…殺すぞ?」
「いいですよ」
誓いますよ。
「………それなら、いい」
それだけ呟いて、イサナは安心したように、蒼井華の腕の中で眠った。
安心してね。大丈夫だよ。あたしはあなたを絶対に一人になんてしないから。