夏の夜は騒がしい。虫の音、祭囃子、賑やかな人々。夜空には大きな花が咲き、見る人の胸を踊らす。そんな夏の夜は、祭り好きな彼がいつもより少しだけ声色を高くする。
京の小さな通りの脇に佇む小さな旅館。部屋の格子窓を開けて街を見下ろすと、蛍が飛んでいるような美しさに感嘆の息が漏れた。
「やっぱり京は綺麗だねぇ」
「あァ」
「歌舞伎町はキラキラし過ぎて目が痛くなる」
「そうだなァ」
静かにお酒を啜る彼の隣で街を眺める。晩酌に付き合えと言われて来たけれど、わたしはお酒に弱いからお酌をしてあげるだけ。仲居さんが用意してくれたよく冷えたお茶と、どこだったか忘れたが老舗の和菓子屋の練り切りをちびちびとつまみながら、街の音に耳を澄ます。二人の間の沈黙はなんだか心地よくて、少しだけ眠気を生む。
「おい」
「ん?」
「来い」
トントン、と人差し指の背で床を叩く。言われた通りにすり寄れば、伸びてきた腕に抱きすくめられてしまった。普段から体温の高い彼だけど、今日はまた一段と暖かい。
「なあに、晋助、酔ってるの?」
「祭り、行きてェ」
「だーめ。わたしたちが今京に居るの、バレてるんだから」
「別に構わねェよ」
「だめったらだめ。今は大人しくしておく時だって、万斉に言われたでしょう?」
「チッ…」
「拗ねちゃいやだよ」
「拗ねてねェよ」
拗ねてるじゃない、なんてさらに機嫌を悪くしちゃうから言わないけど。お酒に酔うと子供っぽくなる彼が可愛くて、ついつい甘やかしてしまいそうだ。首元に顔を埋め静かに呼吸する彼の頭をそっと撫でて、最近忙しくて一緒に居られなかった時間を補うように慈しんだ。
「なあ」
「ん?」
「いつになったら、終わるんだろうなァ…」
なにが、と聞く間もなく、肩を押されて畳に身体を縫われてしまった。灯りを背負った彼は、いつもの鋭い目つきをどこかへ忘れてきたようだ。そっと体重をかけてわたしに凭れた彼に、これから夜の行為に耽るのだと思っていたわたしは拍子抜けした。
「晋助?」
「世界は呑気でいいよなァ。羨ましい限りだ」
「そうね」
「早く、ぶっ壊してやりてェ」
「そう、ね」
「風情を眺めるのにも、もう飽きた」
嘘。飽きたんじゃなくて、疲れただけでしょう。大きな少年の迷い子は、過去を探し疲れて眠りにつく。わたしがこんなに近くにいるのに、それだけじゃ足りないなんて、欲張りにも程があるわ。でもわたしはやっぱり、彼を甘やかしてしまうんだ。
「晋助、お祭り、行こっか」
「…行く」
「わたし、わたあめ食べたい」
「りんご飴」
「うん、りんご飴も買おうね」
あーあ、万斉に怒られちゃう
思い出迷子
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5000,6000打フリリク企画
まあやさま
「お酒に酔って甘えたになる高杉」
ちょっとシリアス調になってしまって申し訳ありません…!
わたしの勝手な想像なんですが、高杉は酔うと自虐的になるんじゃないかなあと思っているんです。まあそんなことは置いといて、リクエストに沿えたかどうかは不安ですが、お気に召していただけますと嬉しい限りです。
これからも余興をどうぞよろしくお願いいたします!
伊澤麗
(2012.6.28)