前日
からりと晴れた朝。家族の分の洗濯物を干しながら今日の一日に期待を寄せる。ベランダの柵には、昨日小学生の弟がせっせと準備した笹が括り付けられている。弟はきっと明日を、ある2人の逢瀬の日だとは理解していないだろう。カラフルな短冊は机の上に散らばり、今日学校から帰ったら願い事を書くんだと張り切っていた。
去年はなんてお願いしたっけ。確か、家族安泰と、全中3連覇、だった。願いは叶ったけれど、いろいろあったなあと、なんだかちょっと切なくなって、洗濯物に気を戻した。
荷物をチェックして、制服の皺を伸ばし、家族の見送りを受けて学校へ向かう。金曜日、一週間の締めくくり。がんばるぞ、と意気込みながら、脳内では明日の予行練習。ウォークマンから流れる音楽が歩調と交わって、なんだか気分がいい。
「名前ちゃん! はよー」
「高尾くん」
「今日天気いいなー」
「ね、最近雨ばっかりだったのに」
「そうだな」
「明日晴れるといいね!」
「おうっ」
人懐っこい笑顔とおちゃらけた性格は誰にでも好かれて、あの彼ですら隣に居ることを許している。こんなこと、中学時代の彼を知っているわたしからしたら想像もつかなかった。でも、わたしはとてもうれしい。最近、よく笑うようになった。きっと高尾くんや先輩、そして誠凛の2人のお陰だ。
「今日も朝練、頑張ろうね」
「おう、もちろん」
「最近ね、部活が楽しくて仕方ないんだ。わたし、秀徳に来てよかったなあ」
「ああ、俺も」
「真太郎もきっとそうだよ。秀徳に来てよかった」
「あんなおは朝の占いに傾倒してるわがままエース扱えんの、うちくらいっしょ」
「あはは、そうだね」
「今日の真ちゃんのラッキーアイテム」
「花柄のシュシュ!」
「いやー、俺爆笑しちまったよ、アイツが花柄のシュシュ付けてるの想像して。どうすんだろうな!」
「占い終わった後にね、電話かかって来たよ、花柄のシュシュ持ってないかって」
「まじか!」
「だから持ってきた、ほら」
「可愛いなそれ、ちょ、待って、はは、それ、真ちゃんが、ぶはっ」
「あはは、ダメだ、わたしまで…!」
「ひー、腹痛ぇ、ははは」
「何がそんなにおかしいのだよ」
「真太郎! おはよ、ふはは」
「真ちゃんおは、ぶっ」
「…」
太陽が照りつける朝も、雨に降られた朝も、毎日こうやって3人でワイワイふざけあって、笑い合えるように。明日2つの星が出会う夜、願いを馳せることにしよう。
前日。涙が出そうなくらい幸せな日常を見落としてしまわぬよう、アスファルトをしっかりと踏みしめた。
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