イライラする。何に、どうして、なんてそんなことどうでもいいくらいにイライラする。なんやねんもうほんまイライラする。
「財前? どないしてん、なんや今日機嫌悪そうやなあ」
「うっさいっすわ、謙也さん。なんかもう全体的にうっとい」
「な、なんやとお前…!」
「そういうリアクションがいちいちうっといねん」
「お前さっきから先輩に向かって、」
「ほらほら、何そこ喧嘩しとんねん。さっさと乱打始めんかい」
「謙也さん弱いし部長とやりたいっす」
「なんやと財前!!」
「はは、残念やな謙也。フられてもうて」
「はっ、生意気な後輩なんかこっちから願い下げっちゅー話や!!」
「いちいちうっさいっすわ…」
イライライライラ…。なんやねんもうほんま、なに人に当たっとんねん。そんな自分に一番イライラする。でもまあ謙也さんならええか。
「ほな財前、乱打始めよか」
「部長、」
「なんや?」
「いえ、何でもないです」
「ほうか?」
「はい」
先輩らが羨ましい。白石部長は2年生から部長やっとってキャリアもあって、誰よりも部長に相応しくて。じゃあ俺は? 白石部長みたいに部員全員をまとめられるか? 金太郎を世話しきれるか? 何で俺は後輩やねん、なんで先輩らより1年遅く生まれたんや。先輩らはずるい。俺をこのテニス部に入部させたくせに、来年のことは俺に任せて先に引退とかずるいわ。
「はい、光、ドリンク」
「名前さん」
「今日はなんだか、心ここにあらずって感じね」
「別に」
「謙也が泣いてたよ、光が冷たいって」
「キモいっすわ」
「光はそのままでいいんだよ。光は光らしくでいいんだよ。大丈夫、みんなついてきてくれるから。大丈夫だよ」
「…先輩ら、ほんまずるいわ」
「わたしたちはもう直ぐ引退だけど、何一つ悔いは残ってない。それに、次期部長に光を選んだのは、みんなが光のことを信頼してるからよ。」
「正直自信、ないんすわ。先輩らからの信頼に応えられるか。いや、もともと信頼されるほど俺、」
「光、顔上げて?」
名前さんの小さな手のひらが、俺の頬に添えられる。この小さな手のひらが、四天宝寺中テニス部を支えてきたんや。いつだって部員のために、きつい力仕事もメンタルケアもこなして。青学に負けたときだって、みんなを笑顔で励ましながら、だれも居なくなってからひとりで涙を流して。四天宝寺中テニス部の母だなんて呼ばれとるけど、まさにその通りで。そんな名前さんも、もう引退や。
「光、最初から諦めてるようじゃいい結果なんて生まれないよ。出来っこないっていうのは、出来なかったときのための言い訳に過ぎない。大丈夫、光はわたしたちが認めた、部長を任せたいって思った後輩なんだから」
「名前さん…」
「つらくなったらいつでも会いにおいで? わたしたちはこれから先もずっと光の味方だから。先輩は頼りにするものよ」
「まあ、頼りになるのは白石部長と名前さんくらいっすわ」
「あはは、そんなことないよ、謙也だってたまには頼りになるよ?」
「たまにはって何やねん、名前!」
「謙也さん邪魔っすわ」
「白石ぃ、この生意気財前どーにかしてや…」
「ええやん、財前らしゅうて。なあ、名前」
「そうね」
「ちゅーことっすわ」
「あああ、お前ら財前を甘やかし過ぎや!!」
「なあ、財前」
「はい」
「来年の四天宝寺中テニス部、頼んだで」
「まあ、しゃーないっすわ」
やっぱり先輩らには適わんわ。騒がしくて笑いが耐えんで、でも真面目にやるときはとにかく真剣で。そんな先輩らが大好きやなんて、絶対言うたらんけど。目頭が熱くなって、気持ちが溢れてしまいそうで怖かったけど、指先から伝わる名前さんの温もりがまた俺を支えてくれた。
青春コンチェルト
名前さんに想いを伝えるのは、また別のお話。
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