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学校からの帰り道に、目の前をチューリップの栽培主が通りすがった。保健室にてじっくりと睡眠をとり、携帯のアドレス帳画面に表示されている『凉野風介』の文字をうっとりと眺めていた私は、彼が目の前を通過する直前に存在に気づき、慌てて名前を呼んだ。南雲くんじゃん。
「あ、南雲くん!」
「ん?」
軽い動作でこちらを振り返った彼は私の顔を凝視すると、思い出したように叫んだ。
「あ、クッキー!」
「いや私クッキーじゃないですけど名前ですけど」
「わ、わりぃ」
私を見るなりクッキー、と彼が叫んだために数秒間注目の的となった私。いや、こういう注目のされかたとかなれないんですけど。恥ずかしいんですけど。
「覚えてないんでしょ」
「あー…クッキーが旨かったことは覚えてる」
あら、私のクッキーがおいしいだなんて素直じゃない。仕方がない、名前を覚えてなかった事は許してやろう。
「お前さ、」
「?」
歩きながら南雲くんは私に不思議そうな顔を向ける。
「こないだとなんかちげぇな」
「?」
なんか、違う…?私は過去の行動と今の行動を思い返してみる。うーん。
「なんつうか、自然になったっていうか…あー…」
な ん だ と
そういえば確かに私は今、彼にたいして営業エンジェルスマイルを振り撒いてはいなくて玲名と話しているようなノリで接している。しまった。バレたか…?
「、どういうこと?」
「んー、なんか説明できねぇや」
ガシガシと頭をかく南雲くん。なんだ、まだ予備軍らしい。よかった。安心したついでに、髪の毛抜けちゃうよと冗談めかして言ってみればハッとしたような表情を浮かべて
「アイツの癖がうつった…!」
と言う南雲くん。
「アイツ?」
「風介だよ、凉野風介」
そういえば彼もよくあの白銀の髪をガシガシしていたなぁと思い出す。細い髪の毛なのによく絡まらないなぁと思っていたっけ。
「凉野くんと南雲くんって仲いいよねー」
凉野くんの名前が出たのをいいことに南雲くんに話をふった私。ナイス私!
「まぁ同じ家に住んでるからなぁ」
「……what's?」
「お日様園ってとこなんだけど」
あぁあそこか。びっくりした、凉野くんと南雲くんはそういう関係なのかと思ってしまった。お日様園に住んでいるならこないだの凉野くんの説明も合致する。
「今変な事考えただろ」
「………いや」
「なんだその間は」
なんだかんだしているうちに家の前まで着いた。あれ、凉野くんと家一緒ならまさか、
「あ、そうだ名前メアド交換しようぜ」
「おっけー」
きっと私の事を送ってくれたんだ。優しいな。なんか、もう私の本性隠さなくてもいいや。不思議とそんな気分になった。
「あとさ、南雲くんっていうのやめろよ。晴矢でいい」
「え?チューリップ?」
「ふざけんなてめぇ」
晴矢とは仲良くなれる気がする。凉野くんとは違う意味で、好きだなぁこういうの。
「じゃあな名前!お前前より今の方がいいぞ!」
「は?」
聞き返そうにも別れを告げたチューリップはすでに走り去っている。全く、南雲晴矢はとても不思議な人間だ。
私は家の門をくぐり玄関のドアをあけると、私の携帯が鳴った。きっと彼からだと思うと少し頬が緩んだ。ぽぽぽぽーん、と私は口ずさみ、携帯へと手を伸ばした。