ぐだぐだ | ナノ



 まだ帰宅部だった頃の僕は、毎日放課後になると商店街のゲームセンターに入り浸っていた。自分で言うのもなんだが僕の家庭は世間の物差しで表すところの「裕福」な家庭であり、小遣いの月額は同級生の平均よりも多めに貰っていた。そして、僕はその小遣いの八割を音ゲーや格ゲーに費やしていた計算になる。スタッフから「また来たのか」と白い目で見られようが、親不孝者と思われようが、僕には関係ない。そんなつまらぬことはどうでもいい。金をどう遣おうが、僕の自由だ。僕はそう開き直って、機械にコインを投入し続けた。

 円堂くんに誘われてサッカー部に入ってからは、以前の自分が嘘みたいにゲームセンターへは寄り付かなくなった。特訓でボロボロになった身体はゲームセンターの喧騒よりも自室という空間の安らぎを欲している。僕は毎日へろへろになってゲームセンターの横を通り過ぎた。おかげで月末になって見ると小遣いが半分以上余っていた。特にこれといった使い道もなく、いい機会だし口座を作って貯金を始めた。
 ある雨の日、久しぶりに部活がオフになった。その放課後、松野くんが僕の教室へやって来た。「商店街のゲーセンの中にあるボーリング場行かない?お金足りないならボクが立て替えるから」と誘われた。ワンゲーム無料になるサービス券があるのだそうだ。他に誰かいるのか訊けば、サッカー部の二年生は全員行くと答えた。手持ちを確認するとちょうど二千円あったので、僕は二つ返事で快諾した。ゲームセンター自体久々というのもあるが、誰かと放課後に遊ぶなんて中学に入って初めてだった。
 久々のゲームセンターは僕の大好きな音ゲーや格ゲーの新台が入荷されていた。いつの間に、と思ったが、さほど魅力を感じない。少し前の僕なら迷わず直進しただろう。不思議な変化だと思った。
 ボーリング場へ入る前、ゲームセンターのマネージャーとすれ違った。以前は毎日のように顔を合わせていた人だ。相手もさすがに僕の顔を覚えている。すれ違う瞬間、集団の中にいる僕を見て彼はぎょっとした。しかしそれも束の間、次の瞬間には穏やかに微笑み「いらっしゃいませ」と言った。サービススマイルにしては随分と温かみを孕んでいた。

 代表で土門くんがボーリングの受付を済ませている。手間取っている姿が遠目に見えて、レーンが全て埋まっているのだと察した。土門くんがこちらに帰ってくる。あと十五分もすればじきに空くから一応予約しておいたと言った。「十五分なら待てるだろ?」と土門くんが言う。僕らは頷いて、それぞれ時間を潰すことにした。豪炎寺くんや半田くんはトイレに行った。風丸くんはジュースを買いに行った。松野くんは…と見回せば、彼はプリクラコーナーへと足をのばしていた。かと思えば松野くんがくるりと振り返る。僕と目が合う。すると彼はにやりと笑ってこちらに手招きした。
「ねえ目金、ボクいいアイデアを閃いちゃった」
 松野くんの胡散臭いにやけ顔に僕は嫌な予感がした。
「きみの言うナイスアイデアは大抵禄でもないじゃありませんか。一応聞きますけど」
「ボーリングで一番アベレージの低い奴が罰ゲームにコスプレでプリクラってどう?」
「うーわー…。それはきついですね」
「ねえ、いいアイデアでしょ?」
「僕帰りますね」
「もう、ノリ悪いよ目金は!」
「だって、僕ボーリング苦手なんですよ」
「大丈夫、半田のスコアやばいよ?あいつガーター王だから。自己ベストまさかの46だから」
 松野くんは半田くんを陥れたいのだろうか。僕でも流石に50は超える。
「そんな…、半田くんが可哀想…って、松野くん?」
 やっぱりやめましょうよ、と諌める前に松野くんは円堂くんの元へ駆け出していた。半田くんがトイレに行っている間に決めてしまう魂胆らしい。円堂くんはコスプレの意味を十分に理解していないようで、松野くんの提案を「まあいいんじゃないか」の一言で許可してしまった。あーあ、半田くんご愁傷さま。僕は心のなかだけで同情し、みんなの元へ戻る。案の定、戻ってきた半田くんは猛反発したが「キャプテン命令だから諦めて」と良いように丸め込まれていた。半田くんは流されやすい。結局、半田くんのささやかな抵抗は無駄に終わり、羞恥のコスプレプリクラを賭けた男たちのボーリング大会が始まった。
 激しい闘いだった。そこで誰もが予想できない事態が起こった。なんと、上には上ならぬ下には下がいたのである。なんと、半田くんと豪炎寺くんがデットヒートを繰り広げたのだ。転校生の豪炎寺くんの実力を、そういえば誰も知らない。僕らが目の当たりにする現実。それは半田くんをも凌駕する、豪炎寺くんの驚異のガーター率だった。
 逆にトップ争いを繰り広げていたのは、松野くんと円堂くんだった。松野くんは持ち前の器用さできっとボーリングも得意なのだろうと予想はつく。だが一方の円堂くんは意外だった。円堂くんはタイヤの特訓で腕力は部内トップを誇る。また、試合中ゴールからフィールドへボールを戻すのにコントロールを鍛えていたため、ボーリングでも正確な方向へ転がす器用さがあったのだ。
 トップ争いと下位争いを交互に観戦しつつ、僕は風丸くんたちとそこそこ楽しんだ。コスプレプリクラの心配も要らず、オフにしてはいい運動ができたと思っている。
 激戦の末、コスプレプリクラの公開処刑に遭うのは豪炎寺くんとなった。豪炎寺くんはツーゲームのアベレージが34、半田くんが48、ちなみに下から三番目の僕は76。半田くんと僕は自己ベストを更新した。豪炎寺くんに関してはかける言葉が見つからない。
「じゃあ約束のコスプレだけどー」
 アベレージ202で優勝した松野くんが悪魔の微笑みで豪炎寺くんに歩み寄る。さながら死神だ。絶対に敵に回したくない。
「…俺はやらない」
「ダーメッ!ほら、キャプテンも豪炎寺のコスプレ見たいよねー?」
「俺?そうだなあ…、まあ無理にとは言わないけど、ちょっとは見てみたいぜ!」
「ほーらキャプテンも見たいって。アベレージ196の円堂キャプテンが見たいってー」
 見ていられない。見かねた土門くんが止めに入ろうとしたときだった。
「…一番軽いやつ、なら…」
 ぼそっと豪炎寺くんが呟いた。そして彼は手前のコスチュームを指さす。彼が選んだ真っ白の学ランに僕は目を見張った。
「そ、それはシルキー・ナナの…!」
「…え?」
 思わず口から零れた言葉に豪炎寺くんが固まる。松野くんが咄嗟に僕の足を踏んだ。
「いえ、何でもありません」
「これにする。これならマシだろう」
 そして豪炎寺くんは試着室へと消えた。哀愁漂う背中が涙を誘う…ことはなかったけれど。
 豪炎寺くんが着替えているのを待つ間、染岡くんが僕に訊ねた。
「で、あれ何のコスプレなんだって?」
「はい、あの、シルキー・ナナって…秋葉明戸の漫画くんが描いてるマンガですけど、それに出てくる主人公ナナのことが好きな男が着てる制服です」
「なんだそれ?つまりシルキー・ナナの学校の制服ってことか?」
「ああそうじゃなくて、その男は転校生なので前通ってた学校の…」
「いやべつに何だっていいけどさ」
 松野くんに遮られるのと同じタイミングで試着室のカーテンが開かれる。そこには真っ白な学ランに身を包んだ豪炎寺くんが勇ましく仁王立ちしていた。
「おお!似合ってるじゃん豪炎寺!」
 最初に褒めたのは円堂くん。次に風丸くんが「最初は白ランって…って思ったが意外にしっくりくるもんだな」とフォローする。確かに豪炎寺くんの見立ては正しい。似合いすぎている。まるでシルキー・ナナの世界から三次元へ飛んできた、そんな錯覚さえ覚えるほどに豪炎寺くんがキャラクターに重なって見える。
「じゃあさっさとプリクラを…」
「あ、待ってください豪炎寺くん」
 僕は勢いのまま、感情の高ぶるままに豪炎寺くんを引き止めていた。
「あの…、せっかくですし、みんなで撮りませんか」
「みんなで?」
「はい。だって、こうして二年生の男だけで遊びに来たのって初めてじゃないですか」
「そう言われればそうだなあ。よし、みんなでプリクラ撮ろうぜ!」
 円堂くんが僕の提案に乗る。他のみんなも賛成してくれた。
 
 豪炎寺くんをセンターにして取り囲むように全員で写ったプリクラはもう何が何だかわからなかった。風丸くんが目を瞑っていたり、半田くんが顔の半分しか入っていなかったり、目茶苦茶である。サッカー部で唯一プリクラ慣れしている松野くんに落書きはお任せした。彼は器用にペンで落書きしていくが、土門くんの顔を茶色で塗り潰して「ゴボウ」と書き込んだのは見逃していない(止めてもいない)。一番マシな写りの一枚にはでかでか「染岡組」と書き込まれ、まるで暴力団組長だと笑った。そんな状態なのだから、できあがったプリクラを見て全員が爆笑したのは言うまでもない。ついでに言えば、豪炎寺くんのコスプレが霞むほど松野くんの落書きが凄まじかったのも、ここだけの話だ。
 僕はカウンターにハサミを借りにいった。また、マネージャーと鉢合わせた。彼は僕を見て、またもや先程の温かい笑顔で迎えた。
「いらっしゃいませ」
「あ…はい。あの、ハサミを貸していただきたいのですが」
「はい、こちらをお使いください」
「ありがとうございます」
「今日は、大勢のお友達とご一緒なんですね」
「ええ、部活のチームメイトです」
「そうですか。友達が一緒というのは、良いことです」
 僕はマネージャーの言葉にはっとする。そうだ、僕はもう、あの頃の僕ではないのだ。
 縁とは不思議なものである。ほんの少し前の僕は毎日をただぼんやりと過ごした。何も感じない。つまらぬ日々。放課後、娯楽を求めてさまよい辿り着く先はいつもこのゲームセンターだった。ここにいるのが楽しくて仕方なかった。
 今は違う。放課後は部室へ向かい、厳しい特訓に励み、それでも円堂くんたちと一緒にいることは楽しくて仕方ない。僕の欲しい「楽しさ」の在処を自ら見つけた。
「あの!また、来ます。そのときは、後輩も一緒に」
「勿論、喜んで」
「ねえ目金、ハサミまだー?」
 松野くんが僕を急かしている。僕はハサミを受け取ると、仲間たちの元へ駆け出した。




060 ゲームセンター
-->那波さま




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