銀月長編 | ナノ





‖つらぬきとめぬ



月詠は瞬く間に、人気花魁となり、昼三の呼出となった。

しかし変わらず、暇な時に銀時を部屋に呼んでは一緒にお茶を飲んだり、話をしたりしていた。
その時は絢爛豪華な装いではなく、軽く上げた髪をクナイ型の簪を挿し、普段用に愛用している紺地に紅葉の柄の着物を紅い半幅帯で貝の口に締めていることが多かった。

変わった所といえば、今度は日輪の部屋ではなく、月詠の部屋になったというところだった。
ただ、その一時は月詠にとっても、銀時にとっても大切な息抜きの時間であることは、やはり変わりなかった。




数年後、銀時が番頭に役上げされた。
実質の経営マネージャーだ。
やる気がないだとか、苦手だとか口先では言っているが
よく気が付くし、人当たりも良く、どの女郎とも気さくに話すから情報がよく入ってくる。
まだ若いが、できるだろうと指名された。

その後数日は、やれ引き継ぎだ、やれお祝いだと忙しかったが、4日もたつと落ち着いた。
そのタイミングで、月詠に誘われた。

「相変わらず、機を読むのがうまいよな」
「そろそろ、空くかと思ってな。忙しいのにわざわざすまぬな」
「いや、ありがとな」
「まぁ、祝いというわけではありんせんが、ちょっと良い菓子が手に入ったので、お茶でもと思ってのう」
「俺の嬉しいポイントちゃんと押さえてるところも流石だな」

「付き合いが長いからのう」
そう言って、慣れた手つきで丁寧に茶を淹れ
「お抹茶でなくて悪いが」
と言って、濃い緑の玉露を出してくれた。

「いや、俺はこっちのほうが飲みなれてる。抹茶は苦くて苦手なんだよ」
「相変わらず、味覚は子供みたいじゃな」
「うるせーよ」

2人でそんなやりとりをしながら、いつもより少し良い菓子とお茶で昇進を賀した。


**********


銀時が番頭になって1か月程経った頃、楼主が交代した。
鳳仙から地雷亜へと

そして、その少し後の昼過ぎ
銀時は月詠に呼ばれた。

「すまぬな、忙しい時間に」

「いや、もうしばらく店は開かないから大丈夫だ」

珍しく人払いがされている。
いつも話したり、お茶を飲んだりする時は、そんなことをしない。禿や新造なども一緒にいることが多い。
着物は普段通りの紺地に楓と紅い半幅だ。部屋には今宵着る予定の着物と打ち掛けが掛けてあった。

「なんかあったか?」

「あぁ・・・・
銀時、わっちの部屋に来るのは、これっきりにしてくれぬか?
わっちも、もう呼ばぬ故」

「突然だな。そりゃ、また何でだ?
・・・・・
楼主になんか言われたか?」

本心から言っていないのは、明らかだった。誰かに何か言われたのだろう。
死神太夫の通名をもつ売れっ子の月詠に強い事が言え、尚且つ、月詠が言う事を聞く人物は限られている。

「ぬしには隠し事をしても無駄じゃのう・・・」
月詠は悲しそうに微笑んだ。

「そのくれぇは分かるよ。」

「うむ・・・・
昨日、楼主に呼ばれてな。
花魁と番頭が恋仲になるのは御法度じゃ、と。
わっちと銀時がそういう間柄でないのはよく分かっているが、特定の花魁と番頭が仲がいいと周りが勘ぐる。
そういうのは、他の遊女や新造や禿の教育にもよくない、と
だから、2人で会うのはやめろと言われたんじゃ。」

「あぁ?なんだ、そりゃ。そんなの、俺たちの勝手じゃねぇか。
だいたい、そんなこと地雷亜のオヤジに言われる筋合いねぇよ」

「そうも思ったが、あちらの言う事にも一理あると思ってな・・・」

銀時は、ハッキリとせず言い淀む月詠に違和感を覚えた。
コイツは、納得しないことには決して首を縦に振らないヤツだ。

「他にも何か言われたのか?」

案の定、女は微かに体をビクリと震わせた。

暫し銀時の目を見つめていた月詠は、観念したように一度逸らし、ふっと自嘲気味に笑って言った。
「本当に・・・ぬしには隠せぬのじゃな」
そして続けた
「取り返しのつかなくなる前に引け、と言われんした。」

「取り返し・・・ねぇ。」

「あぁ・・・
わっちを禿にすると前楼主と決めたのも、呼出昼三にすると決めたのも地雷亜じゃ。
育て親として、そして現楼主として、忠告してきたんじゃろう。
・・・だから
だから、分かってくれなんし、銀時。」

必死に絞り出すような声を出した月詠を見つめながら、銀時はやや間を置いてから口を開いた。

「月詠。
なぁ、取り返しってなんだろうな。」

「え?」

「それが、オマエが大事で、傍に居たくて、手を伸ばして触れたいと思うことなら
俺はとっくに、取り返しなんざついちゃいねぇな。」
驚きに目を見開く月詠を真っ直ぐ見ながら続けた
「俺ァ、オマエに会えないなんて耐えられねぇよ。
惚れた女に会いたいと思うのは当然だろう。」

「銀・・時・・・」

男は月詠の頬に手を伸ばし、指先で軽く撫でながら言った。
「そりゃ、まぁ、オメーにゃ分からないようにしてたさ。
大事だからな。
ずっと、見てきた宝物みたいなモンだったからな。
けどな、他のヤローの一存で、俺たちに口出しされるのは我慢できねぇよ。」

「ぬし、何で今まで・・・
いつもわっちばかりだと・・・」

「オマエな、言える訳ねぇだろ。
兄ちゃんみたいだとしか思ってねぇヤツに、そんなこと言ったら引かれるの分かってたんだよ。
人の苦労も知らないお姫さんよぉ。
でも、まぁ、俺もやっと兄貴から男に昇格できた訳だ。」

「随分前の話じゃ」

「そりゃ、嬉しいねェ。
俺は、別に構やしねぇよ。
御法度なんてな、破るためにあんだよ。
この見世でだって、破ってないヤツの方が少ないんだよ」

「それはそれ。これはこれ。じゃ」

「ま、そうだな。
でも、俺は、しなくていいなら、もう我慢なんてしたくねぇ」

「そんなの、わっちだって・・・」

そう言ってから下を向いてしまった月詠を、銀時はその顔に置いた手で、自分の方にゆっくりあげさせた。

「なぁ、オマエがその肩に背負いきれない業は全て俺が背負う。
だから、一緒に落ちちゃくれねぇか」
切なげな頬笑みを含んだ声だった。

「ぬしとなら、地獄の座敷にでも出られそうじゃな」
やはり、切なさを含み笑いに混ぜた声が返ってきた。

「どこまででも付き合うぜ」

その言葉が合図だったかのように、少しずつ2人の顔が近付き
唇が重なった。

触れるだけですぐに離れた唇は
「月詠」
「銀時」
という言葉を発するとすぐにまた重なり、今度は深く激しく合わさった。


→続く

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