銀月長編 | ナノ





‖出ずる月蕾む花



月詠は17歳の誕生日を迎える日に、付き出しとして遊女デビューすることになった。
将来のトップ候補として華々しく祝われることが決まっていた。
日輪が工面して、豪奢な召し物と調度品が誂えられた。
水揚げの相手には、日輪の上客が選ばれた。月詠もよく座敷で話の相手をした初老の御仁だった。

「百華」は大型ルーキーのデビューとあって、相当に期待をしていた。
大見世としての力を誇示する絶好の機会でもあるからだ。

2月に入ると、忙しげな空気が流れた。
銀時も店の一員として、バタバタと動きまわった。
月詠も稽古だ、作法だと毎日忙しくしていた。




いよいよ、明日が水揚げという日の夜
日輪の禿で、月詠の妹禿である幼女が銀時の所へ『日輪が呼んでいるから、部屋まで来てほしい』と伝えに来た。

何事かと思ってすぐに向かった。
幸い忙しくない時間だったので。


「どうしましたか、日輪太夫」
仕事中なので、丁寧に声をかける

すると、襖がすすすと開き
「悪いね、銀さん。取りあえず入っておくれ」
中に招き入れられた。
「あのね、悪いんだけど、今夜月詠の傍にいてやってくれないかい?」

「はぁ?どういう事だ?」

「月詠は、今日この隣の部屋で寝るんだけど、なかなか寝付けないみたいでね・・・
強がって私にも弱みを見せない子だから、何も言わないけど
きっと、怖いと思うんだよ。プレッシャーも水揚げも。
ずっと寝返りをうつ音がするし、眠れていないみたいなの。
銀さんが傍にいてくれたら、あの子安心して眠れると思うんだよ」

「それは、つまり、俺に月詠の添い寝しろってことか?」

「そうよ。お願い、あの子がよく懐いてる銀さんにしか頼めないことなんだよ。
寝不足ではとても明日1日保たないわ。
途中で倒れたなんてことがあれば、花魁としても見世としても名折れになってしまう。
それだけは避けないと・・・
なにより、月詠も傷つくわ。」

「はぁぁ・・・
分ーったよ。据え膳食わずに、大人しく寝かしつけるよ」

少しおどけて言えば、日輪は凄みのある笑顔で返してきた。

「あら、そんなことしたらタダじゃおかないわよ。
でも、銀さんはそんなことしないの分かってるから心配はしてないわ。
だって、今までずっと月詠のこと思って気持ちに蓋してきたでしょ?
大事な日の前に、それを外すなんて真似するような人じゃないもの。
今の月詠の心境を考えたら尚更ね」

「相変わらず、おっかねぇな、日輪太夫さんよぉ。
何でもお見通しかよ。」
やれやれ、と嘆息する。

「あなた達は、すぐ隣で見てきたからね。
銀さん、これからも月詠のことお願いね。
一本立ちしてしまったら、私は、今までのように月詠のこと見てあげられないから。」
日輪は珍しく少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。

「当たり前だ。
で、この二間先の部屋で寝てんのか?」

「そうだよ。
じゃあ、よろしく頼んだよ。」
そう言って日輪は部屋を出ていった。まだ客の相手があるのだ。




月詠の寝ている部屋へ続く襖の前で、銀時は暫し立ち止まる。
そして、静かに声をかけた

「月詠。起きてるか?開けんぞ」
返事を待たずに開けると
銀時の声に驚いて体を起こした月詠が見えた。

「ぬし、何故っ!!」

「おー、日輪にオマエ寝かしつけるの頼まれてなぁ。
その様子じゃ、今まで全く眠れてねぇな。」

「・・・・余計なことを・・・」

「まぁ、そう言うなよ。姉女郎からの、最後の気遣いだろう?
さ、寝るぞ。ちゃんと寝ないと明日もたねぇからな。」
月詠に布団をかけ、銀時はその布団の隣に片肘をついてゴロンと横になった。

「これで寝ろと言われても眠れん」

「そうか。じゃあ、銀さんが小話を1つしてやろう。」

「要らぬわ!!
だいたい、ぬしは・・・・」
ぶつぶつと言いだしたのを銀時が遮った

「月詠。怖ぇか?」
見えなくても、気配で、女が目を見開いて驚いているのが分かる。
そのまま続けた。
「怖ぇよなぁ。プレッシャーもあるよなぁ。
でも、オマエなら、それを背負えるって、見世のモン全員思ってるし、俺も保障するぜ。

大丈夫、大丈夫だ。
案ずるより産むが易しっていうだろ?
練習通りやれ、いつものオマエでいろ。オマエなら大丈夫だから」
そう言って、昔よくしていたように、月詠の頭をわしゃわしゃと撫でた。
昔より長くなった月詠の髪は、さらさらと銀時の指をすべった。

そのあとも「大丈夫だ」と囁きながら、優しく頭を撫で続けた。

始めは小刻みに震えていた月詠の肩は、徐々におさまり、やがて少しずつ大きく上下しだした。

規則正しい寝息が聞こえてきたところで、銀時は手を止めて、立ちあがった。
襖に手をかけたところで振り返り、一瞬切なげな目を向けたが軽くかぶりを振り、寝室を出た。

そして、そのまま部屋を出て、自分の持ち場へ戻って行った。





翌日、盛大にお披露目が行われた。

銀時は月詠に傘を差し掛け、道中を先導した。
その時に、こっそりと
「銀時、ありがとう」と呟かれた。

全て滞りなく執り行われ、また百華に1人花形花魁が誕生した。



→続く

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