銀月長編 | ナノ





‖ 若紫の禿


色里、色街、吉原の街
卵の四角と女郎の誠はないというけれど
本物だってちゃんとある
ただ、皆、隠れているだけ、隠しているだけ

相手を慕う気持ちに救われて
自分が愛されているという感覚が、その日を生きる糧となる
いずこも同じ男と女の仲




よく晴れた昼下がり
吉原の大見世「百華」で
天然パーマ気味の銀髪青年は、廊下の掃除をしていた。
ふと、庭先の藪の隅から金色の髪が一瞬見えた気がして、そちらへ歩いて行くと
少女が蹲っているのを見つけた。
年の頃は、十に届かないくらい、というところか。

「おい」
声をかけると、少女はばっと顔をあげた。
見かけない子供だった。
幼いながら、目元が涼やかな印象の綺麗な形貌をしていた。
恐らくは、一昨日入ったばかりという禿だろう。

「こんなところで何してんだ?」
優しく訊いてあげれば良いのに、生憎とそんな愛想は持ち合わせてないらしい。

「ぬしには関係ない」
キッパリと、強い口調の答えが返ってきた。

「あぁ?口の減らねーガキだなぁ。
あのな、オマエ、一昨日入った禿だろ?誰付きだったか忘れたが・・・
あんまりこんなとこでサボってると、姉さんに怒られんぞ」

「構わぬ。
折檻されたって、殺されたって。
あんな、商品のような目をした遊女になる事を期待されているのなら、わっちゃ死んだ方がマシじゃ」
履き捨てるように、尚も強い口調で言い切った。

「小っけぇ割に、すげぇ気迫だなぁ。
それだけ元気なら、モノのような目ぇした売物にゃなるまいて。

あのな、ここにいるヤツで、望んでこの世界に入ったヤツなんざ居やしねぇよ。
だがな、この世界をどう生きるかは自分で選べんだろ。
よく見てみろ、同じ遊女でも、みんな違う目をしてるぜ。
モノのような目、諦めた目、楽しそうな目、嬉しそうな目、気高い魂を持った目
オマエは、どんな目をしてると思う?」

「わっちは・・・絶望している」

「まぁ、ここ来たばっかじゃあ、そうだろうな。
分別ついてりゃ、ココがどんな所かなんて分かるしな。

でもな、オマエは綺麗で真っ直ぐな目してるぜ。
その目が、絶望に染まったまま朽ちてくのは惜しいな。
俺ァ、オマエがその目のまま花魁になったところを見てみてぇ。

お前、禿に選ばれたんだろ?
小さいうちから将来見込まれてるってのァ、だいぶ恵まれてんだぜ?着るもの、食べ物、芸事が保障されてる。
オマエなら、きっといい花魁になると思うぜ。利発そうだしな。」
そう言って、彼は少女の頭をわしゃわしゃ撫でた。

それを嫌がって振り払った少女と目が合った。
幼い紫の目と青年の赤い目


「ぬしの目は不思議じゃな。
死んだ魚のようなのに、何故が生き生きして見える。」

「いや、それ褒めてねぇからな」

「ぬしのような人もいるんじゃな」

「まぁ、女ばっかりの中じゃ、嫉妬やら苛めやら色々とあるんだろうけどよ。
悪いヤツばっかりじゃねぇはずだぜ。

さ、そろそろ戻んな。本当に怒られちまうぜ」
そう言って、中に入るように促す。

「うむ・・・。
のう、またここに来たらぬしに会えるか?」
縁側に上がりながら少女が訊いた。

「ここじゃなくても、どこでも会えんぜ?俺はこの見世の従業員だからな。
決まった所にはいねぇが、だいたい走り回ったり、使い走りさせられてるから、其処此処で見かけるはずだ。」

「そうか。
わっちは、亀吉の禿、月詠じゃ。」
「俺ァ、銀時だ。」

「ありがとう、銀時。」
「いや、俺15歳なんだけど、オマエよりだいぶ年上だと思うんだけど。」
「また、一緒に話をしてくれなんし。銀時。」
くすくすと笑いながら、わざと最後に名前を呼ぶ。

「まぁ、いいけどね・・・
あぁ、なんかあったら、また来な、月詠。」

少女はそれを聞いて、僅かに微笑むと、くるりと前を向き、駆けて行った。
少年は、彼女が曲がり角をまがるまで見送った。

これがファーストコンタクト。
月詠9歳、銀時15歳のこと。


→続く

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