a grin without a cat


○ホワイトデー風 3Z○



片手で数えられるくらいしか、一緒に出掛けた事なんてない。
世間一般で言うところの所謂デートなのに、なんで毎度毎度、喧嘩しちゃうんだろう。
もっと、楽しく過ごしたいのに・・・・

そんな事を思いながら、彼の少し後ろを歩く。

夕日が落ちて、薄暗くなりはじめた空を見上げると
月にニタリと笑われていた。

三日月よりも更に数日若い月は、細い弓形の唇を下にして、その両端をこれでもかと言うくらい釣り上げて、嘲笑うかのように、その口をこちらに向けていた。


「チェシャ猫みたいアル」

「は?」
ポツリと零した言葉に、亜麻色の髪が揺れ、総悟の顔がこちらを振り返った。

「いや、何でもないアル。」
コイツはアリスなんて読むようなタマじゃないから、言ったって共有してもらえないだろう。

すると、前方の男の口から『はぁ・・・』と軽く息が吐かれる音がしたあと、予想外の台詞が続いた。
「荒唐無稽で、訳の分からねェ押し問答でもしたら、お前のその考え過ぎな硬い頭も、ちったァ柔らかくなるんじゃねェのかィ?」
それだけ謎かけのような調子で言うと、またクルリと前を向いて、歩きだした。
心持ち、先程よりゆっくりの歩調で。


そうカ?
そうかもナ・・・
ごちゃごちゃ考えるのは、得意じゃないし柄じゃないアル


そう自分の中で、結論のようなものが出た。
そうしてから、先に歩いて行ってしまった男の背中を追いかけるようにタタタっと走り、その投げ出されていた腕に手を絡めるように滑り込ませた。

別段驚く素振りもなく、そうかと言って振りほどかれることもなく
そのまま2人で帰り路を進む。

どうしたらいいのか分からなければ、どうしたいかという気持ちに素直になればいい。
単純な事。
哂われたってなかなかできないけど、今日くらい頑張って素直になろう。
だって一ヶ月前に、頑張った事で良い事があったから。チョコレートを渡せたから、今の私たちがあるんだから。

それに、まだお返しもらってないアル。さっさと寄越せよ、このサドヤロー。



後ろの空で、淡い金色に輝きながら浮かぶチェシャ猫は
尚も大きな口に目一杯の笑みをたたえたまま、その歯型だけが光って残っていた。

明日はもう少し柔らかく笑ってくれるだろうか。

ぎこちない雰囲気が徐々に薄れてきた2人の歩く道を、静かに照らす月の光。

嗤うは猫ばかり。



【終わり】


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