今日は珍しく仕事に早く片がつき、夕暮れ時にあがれた。
ひのやに帰ると晴太が店先で手伝いをしていた。
「あ、月詠姐、おかえり。今日の夕飯は湯豆腐だよ。
そういえば、昨日どっか行ってたの?
裏の路地でチラッと見かけたから、声かけようと思ったんだけど、銀さんとどっか行っちゃったからさ。」
「あ・・あぁ。
ちょっと野暮用を頼まれてな。
気が付かずにすまぬな。」
「そっか、大変だね。」
ニコニコと無邪気な笑顔を浮かべる弟に、言いようのない罪悪感を覚えた。
確かに、昨日の昼間に裏路地で銀時に会った。
この時間にいるなんて珍しいな、と声をかけようとしたら、路地の中へ腕を引っ張られた。
そうして暫く行って、1つ目の角を曲がったところで止まったと思ったら
口を開く前に、相手の唇によって、言葉を飲みこませられた。
息をする暇さえない、食らいつき貪るような、口付けを受け
ようやく離された時には、肩で息をしていた。
大きく上下する自分の肩に男は顎を乗せ
「9時に、いつもの曲がり角で」
とだけ耳元で囁いて、路地のさらに奥へと歩いて消えていった。
晴太に見られていたとは不覚だった。
銀時と逢う時、吉原の宿は使わないようにしている。
それでも、日輪や百華には薄々感づかれているだろう
と思っている。
しかし、晴太はまだ10歳
吉原にいるとはいえ、まだ純粋で無垢だ。
あの瞳に恥じる姉ではいけない。
自己嫌悪に嘲笑を浮かべて紫煙を吹き出す。
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それから数日後
やはり夜闇の中から件の男に腕を取られた。
いつもは付いて行くその腕を、今日は振り払った。
何事かと振り向いた銀時に言う。
「行けぬ。
わっちは一緒には行かぬ。
他を当たってくれなんし。」
驚いた顔がこちらを見ていた。
「この間、路地に入るのを晴太に見られていたようじゃ
それはダメであろう・・・
だから、もう行かぬ。」
「そうか・・・分かった。
付き合わせて悪かったな。」
銀時はそう言うと、踵を返して元来た道を歩いて行った。
よかった。
これでよかったんじゃ。