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もうすぐ春だというのに、この日は木枯らしが吹いたらしい。
目の前を行った今風の女性は、ミニスカートにコートという、見るからに寒い装いで。次郎はパーカーの肩を抱えて仰いだ。空はどこまでも澄み切って青い。

「…雄也遅いな」

ため息は白く立ち込めて、空へと消えていく。晴れ渡る青は、小さな白すら許していないかのように思えた。
歩道を眺めながら、錆びたガードレールに腰を下ろしていた。背が平均より低い次郎は、膝を曲げずとも立ち姿で腰を預けることができる。ひどく屈辱的なことなのだが、きっと本人にしか分からないことだ。脳裏に足の長い恋人が浮かぶ。
ここで待つように言われたわけではないが、先に店に入るより連れ立った方が、心ごと温かいに決まっている。まだなのかとため息をついたその時、足元に影が差した。

「あれ、やっぱ結城?」

近くで顔を見るまでは、なかなか確信が持てなかったのだろう。誰だって道端の他人に声をかけるのは勇気がいる。
自分の名を確かな親しみを込めて呼んだ相手は、見上げるほど背が高い、精悍な顔付きの男だった。

「有戸(アリト)っ!?」

次郎も男の顔を確認するなりて声を上げる。驚きのあまり、いつの間にか立ち上がっていた。お互い向かい合って共有しているだろう懐かしさ。有戸は会っていないこの1年、短いが成長期らしい成長を遂げていた。

「久しぶり。ユキって全然変わらねえのなー」

自分の名前を言い当てられ、機嫌良く口端を上げた有戸は、昔の呼び方で次郎を茶化した。「ユキ」「ユウ」それが彼らだけの呼び方だ。会うたびに挨拶を交わし、用があれば言葉を交わすという軽いノリの付き合いだが、腐れ縁で小中と来ている。有戸は地元の同じ中学を出ているが、高校は隣町へと通学しているらしい。お互いの状況について報告しあっていたが、最近は連絡すら取っていない上、途中経過は知らなかった。
旧知の仲ということもあって、次郎は砕けた言葉遣いで対応する。

「うるせえよばーか。男前になりやがって」

有戸の顔をまともに見れず、視線を落とす次郎に、有戸は余裕のある笑みで「惚れるなよ」と低く囁いてきた。

「男を抱くとか…むり。しかもお前とじゃ勃たねえ」

失礼なことを言うやつだ。
軽い付き合いで話すうちに、軽く話してしまうのが難点で、昔の次郎はよくぼろを出してしまっていた。男が好きなこと、家族の事情、部活での出来事。会う回数が多いだけに、話した量は降り積もって大きいのだ。1年何の音定もなかったこと自体、異様だった。

「こっちの扉を開いたことも無いやつに貶されたくないんだけど」

ふつうは開こうとも思わないだろう。それは分かっていたが、なにぶん頭に来たせいで自分が何を言っているか分からなくなっていた。
いや――、単純に、喜んでいた。久しく会っていなかった友達との再会は、くらっとするほど興奮してしまい、言い合いすら楽しい。有戸も同じ気持ちらしく、もしかしたら今までで一番いい笑顔をしている。

「お前ってホント変わんねえ」

「ユウもな!」

外見どうこうより、中身が変わっていなかったことが、嬉しかったし、安心した。気兼ねなく話せる友人を失わなかったことが、胸一杯に大きかった。
何を話そうかと色々思いを巡らすものの、たいして実のならない世間話しか浮かばない。そんなものは帰ってからのメールでもできるはずだ。そう思い、武井に持たされたケイタイで連絡先を交換する。そうこうしていると、周囲をキョロキョロ伺った有戸が口を開いた。

「ユキ、1人か?」

次郎は1人ではなかった。だが、ここで1人ではないと言えば、気を使える有戸は身を引いてどこかに行ってしまう。天秤にかけるにはあまりに不釣り合いだったが、今だけでもと、次郎は有戸を引きとめる言葉をかけた。気恥ずかしい行為に、声が尻すぼみになる。

「今待ってる途中だから、ユウが居てくれると助かるんだけど…」

「へえ。俺で暇つぶしってわけだ」

ニヒルな笑いを浮かべた有戸という男は、自分に対してたまにSになるということを思い出した次郎は、急に悔しくなって腕を組んだ。自分だけがもっと話したいと思っているなんて、不公平だ。

「べ、別に。用があるならどっか行けよ」

「ほんっと可愛くねえ」

「どっちが!」

自分の事を可愛いと思ったことはなかったが、せっかく下手に出たのを快く受け入れてほしかった。苛立って顔を上げると、薄い眉を下げた有戸が苦笑を浮かべていた。

「可愛くないのは、俺か」

独り言のようなその一言で、有戸も自分と話したがっていたことを悟る。素直じゃないのはお互い様。やっと気付いた次郎も苦笑してしまった。「俺もだよ」と。







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