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「そういえば…」

「え、なに?」

腰の痛む次郎を気遣って隣に椅子を並べた雄也は、食事の支度をした後、疲れたと言わんばかりに背もたれに身を投げた。座ることすらままならない次郎だったが、疲労を示す旦那様のために、用意されたコップに麦茶を注いだり、お手製のサラダを小皿に取り分けたりと世話を焼く。その後姿に惹かれた雄也は、後れ毛を摘む様にして梳いていく。

「センパイって、だれだ」

「へ!?…っ、たた…っ」

まさかの「先輩」の登場に大声を出してしまった次郎は、曲げた腰を押さえ悶える。過剰な反応は、何かあるということだ。雄也の眉間には、瞬時に皺が増えた。梳いていた手の動きも凍りつく。
落ち着いた時間を過ごしていた分、今日の出来事を思い出す時間も生まれてしまったのだ。
そもそも、なぜ嫉妬することになったのか。原因は、次郎が親しげに話していた男だし、話題に上っていた陸と先輩でもある。

「俺に言えねえのか?」

ちりっと、嫌な嫉妬が胸を疼かせる。触れている髪をそのまま握ると、力強く引いて上を向かせた。次郎はと言うと、あまりの強引さに腰の痛みを忘れ、髪の痛みに顰めっ面だ。

「言えないなんて、言ってないだろ?」

つい荒い口調で答えると、忌々しげに視線を落とされた。髪を掴むのはやめてくれたものの、顎を固定され、顔を動かせない。

「なら教えろよ。誰なんだ、センパイって」

次郎は言いたくないのか、口を数度動かしているが、言葉が出てこない。ようやく聞こえたのは「俺の……だよ」という、か細い声。大事なところが聞こえなかった雄也は、次郎が言うまで視線を放さなかった。

「俺の、…初恋の、ひとだよ」

無言で睨んでいた表情が、「初恋」に強張る。何も言えなくなった雄也に、次郎の方が話した。

「もう、良い思い出ってことで処理してるから。関係無いんだけど。でもやっぱり、最初に好きになった人だから、気になるって言うか…。今何してるのかな…って。昔の知り合いに会った途端、思い出したんだ…」

その言葉から、言い繕おうという気は伝わってこない。ただあったこと、思ったことを述べているだけに聞こえた。

「初恋って…脆いよな」








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