▼4



それからは有戸も隣に腰かけ、昔話に花を咲かせた。いつの間にか楽しい時間のおかげで、肌寒さは感じなくなっていた。
こんな時間をたまに持つことが、人間息抜きには必要だ。その息抜きが1年ぶりに巡ってきたせいで、話題は尽きない。会話の幕引きは、尽きて終わるだけではないのだから。そして話題は、下世話な方へと近付いていた。

「結局どうなったんだよあの、…誰だったか。確か…」

「…陸?」

言い当てると、有戸は「それそれ!」と言って、惜しげもなく人当たりの良い笑顔を見せてきた。美形に見慣れているからと言えど、とても心臓に悪い。

 ――見上陸。彼と付き合っていた時期は、次郎にとってあまり触れてほしくない暗黒時代だ。そっと胸の中で姓名を読むと案外しっくりきて、少しずつ過去にできていることに安堵する。

「あの時のお前って浮き沈み激しかったよな。先輩のことで凹んでて、そのままなし崩しに年上のお兄さんとお付き合いしてたんだろ?」

「なし崩しってのは聞き捨てならないけど。…まあ、近いかな」

「あの後ドラマーのRIKUってのがメディアで有名になって、画面で見た時には、飲んでた牛乳吹き出すほどびっくりしたけど」

実際に吹き出したかは分からないが、顔の良い有戸が牛乳を吹くその様子を想像しただけで笑える。次郎はあまり本気にせず、「そりゃすごい」と破顔した。
それよりも、だ。

「先輩どうしてるかな…」

次郎にとってはそれが、正真正銘の男性への初恋だ。父親の幼馴染である、武井による洗脳的な恋ではなく、心から望んだ相手。
初恋と言うだけで甘い響きが胸を溶かす。それはもう、2度と体験できない貴重な思い出だ。純粋に愛した貴重な人で、幸せで居てもらいたい。次郎はあの頃の自分をどこか美化していた。先輩に惚れて入部した自分。それから起こり来る事態を想像もしていない自分。あの頃は澄み切った心一つで、他を疑っていなかった。羨ましいほどに、馬鹿だった。
有戸は、唇をすぐに閉じてしまった次郎の様子に、呆れ顔だった。

「相変わらず「先輩病」は治ってねえのか」

昔から皮肉を言われる。一度すれ違えば、先輩がどうした。二度すれ違えば、先輩の好きなものがどうした。三度すれ違えば――…こうして有戸はこの単語を口にするようになったのである。「先輩病」だと。
昔からうんざりだった先輩の話題を、有戸はこうやって返り討ちにしてきた。

「南条先輩のその後なら知ってるんだけど」

「ひっ」

南条先輩。有戸の薄い唇が進んで零すのはいつも彼の名ばかり。次郎もまた、南条の名を聞くたび身を縮込め、嫌だとばかりに首を振るのであった。

「な、南条先輩は要らない!」

「なんであの人の事そんなに受け付けねえんだ?女にモテてたし、付き合っちゃえば良かったんだよ」

次郎は有戸に理解してもらわなくても良いとさえ思えるほど、その南条という男の話をしたくはなかった。あの人は――、あいつは、ただ「自分を好きになってくれた物好きな相手」では収まりのつかない、「初恋の恋地を邪魔する悪魔」だったのだ。先輩の幼馴染というだけでだけでは邪魔にはならないのだが、ことあるごとに絡んできて終いには告白までされてしまった。
次郎は気付いていた。これは南条の企みで、つまりは自分と先輩の中を引き裂いてまで自分を手に入れようとする、自己中心的な、いかにも悪魔だということに。

「ユウはやつの何も知らないからそんなことが言えるんだ」

もはや年上に「やつ」と言えてしまうところが恐ろしいが、そういうことを言われても仕方ない人間だったのだ。次郎は軽く口腔に息を溜め、恋人に拗ねて見せる時のようにそっぽを向いた。だが有戸は毛ほどもそんな態度に胸打たれる様子が無い。

「知り合いじゃねえし知らないわな。つかぶりっ子すんなキモイ」







prev next

- 7/24 -

しおりを挿む

表紙
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -