the lonely dragon | ナノ


▼真白の記憶



夢の中なのに歩いていた。疲れは感じない。寒さも温かさも無い。ただ、暗い。暗いと言うか、黒い。そんな真っ暗闇の世界の中に、やがて一筋の光が差し込む。いったい何なのかと目を凝らせば、急激に強い光が眼の中に飛び込んできた―…。

眩しさに開けることができなかった瞼を何度か瞬かさせて開くと、そこは黒ではなくて、白だった。白の中、自分の周辺にだけ花弁の白い花が咲いていた。白の絨毯の様だ。

「かあさま」

花の間にぺたりと座り込む、白いワンピース姿の子供。艶やかな白い髪は、ほっそりとした肩の下あたりまである。水面を宿したようなアクアブルー色の瞳は丸く、不安げに揺れながらその人を見上げた。相手も同じく白髪で、目も同じ色。
母は、「なぁに?」と口元を緩めて微笑んだ。

「どうして私は女児の格好をしなければいけませんか?私も、にいさまのように剣技を学びたいです」

母が息を呑むのが分かる。当時の自分はそれに気付いていたが、気付かないふりをした。
女としての立ち振る舞い、考え方、生き方。それらを幼い頃から身につけてきた。それこそ産まれてきた時から。純粋に疑問だった。なぜこんなことをするのか。自分以外の男児はこんなことはしない。それとも、あれは男児の格好をしている女児なのか。
母は言い淀んで顔を俯けた後、ゆっくりと口を開いた。昔から母の事は兄と同列で1番に好きだったが、時折自分を見る瞳に混じる、憐れみと罪悪感はどうしても好きになることができなかった。母はとても表情に出易かったから。どんなことでも受け入れるから、打ち明けてほしかった。うしろめたいその理由は何なのか。――ただ弱い母を、守りたかった。

「ごめんなさい。母が悪いのです」

「かあさま?」

母は観念したようで、ゆっくりと、長い話を始めた。子供……、幼い自分は、食い入るように母の顔を見ている。穴が開きそうなほどに。

「これも全て…。羽紅(ハク)の血を絶やさない、ため…っ。危険な目に合わせるわけにはいきません」

昂ぶって震える母の白い指は、透き通るように白い子供の頬に触れた。以前から勘付いていた。この頃には物の分別がつき、知識を貪欲に求めていた。好奇心というやつだ。そして自分が良家に産まれたことも自覚していたので、学ばなければいけないという義務もあった。自分や母や兄だけ他者と外見が違い、奇異な目で見られていることも。
羽紅――。群衆の囁きがそう言っていたのを覚えている。そうして自分が“羽紅”という、他者とは違う存在なのだと悟った。特別で、異質で、高潔であるが故に蔑まれる。

「元々羽紅は、あまり多くの子を望めません。母も同じで……。あなたとローグを産むので精一杯でした」

子供の表情が曇った。もっと小さい時に、「かわいいいもうとがほしい!いつうまれますか?」と催促した記憶が蘇ったのだ。きっと母はつらい思いをしただろう。ローグというのは兄の名だ。

「羽紅は、自分の力を削って子に与えるのです。ですから、もし母が次に子を生せば…、その子は羽紅ではありません。羽紅の血を受け継ぐことはありません」

つまり、父と同じ。漆黒の翼に漆黒の髪、漆黒の瞳となるのだろうか。今でははっきり父の事を尊敬していると認識できるようになったが、その当時は畏怖しか抱いていなかった。分からなかった。その他大勢と同じの父と、その他大勢とは違う自分たち3人。その漆黒の瞳が何を映しているのか見えなくて、いつも叱られないようにとびくびくしていた。
そういえば、父は無事なのだろうか……。




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