the lonely dragon | ナノ


▼小さな王子様


その少年は、焦っていた。

「こら、じっとするの!」

普段、何に使うか分からず鬱陶しいと思っていたマントで胸の前を隠しながら、音をたてないようにできるだけ駆け足でひと気の無い廊下を通り過ぎる。すれ違う人には訝しげに見られたが、特に問い正されなかったので何よりだ。
少年は今まで自分から足を踏み入れることの無かったところまで来ると、胸に抱えていたものを優しく下ろした。

「いいかい、ここから出てはいけないよ」

少年が真剣に語りかけているのは細身の毛が短いクリーム色の猫。真剣さを素知らぬ顔で周囲を見やり、先端が薄茶色になった尾をぱたりぱたりと動かしている。

「すぐに戻ってくるから!」

慌ただしく来た道を戻っていく少年をぼんやりと見送った猫は、少年の言いつけを守るわけもなく、ゆっくりと腰を上げると僅かに開いた扉の隙間から、さらに奥へと入っていった。

*〜**〜*


「あ、あれ?みぃこ、みぃこー」

ややあって戻ってきた少年は、猫の姿が見当たらないことが分かると、姿勢を低くして周囲を探し始めた。花の隙間、花壇の裏、箱の中、壁際、階段の下、布の中。入るわけがない所まで探して、でも見つからなくて、次第に大きな瞳が濡れてくる。

「みぃこ…っみぃこぉ」

まるで少年が見捨てられたかのように震える声で、おそらく猫の名が呼ばれる。しかし猫の見た目に似合わぬ名だ。
なかなか見つからないので、ここから抜け出し誰かに捕まったのだと、最悪の状態も想像してどんどん泣けてくる。その時――、


――みぅ。


とてもくぐもっていたが、確かに猫の声がした。少年ははっとして呼吸を止める。

「みぃこ?」


――みぅ。


もう一度鳴き声がする。今度は聞き耳を立てていた少年は、どうやらそれが目の前の部屋から聞こえてくるのだと分かった。暗がりで気が付かなかったが、よく見ると普段鍵がしまっているはずの扉が僅かに開いている。
ごくりと、唾を飲む音がやけに響いた。

城の中は安全なはずだ。だがこの塔は産まれてこの方ずっと閉まったままで、中まで入ったことはない。

「お、おじゃまします………みぃこ?」

木製の重厚な扉。誰かに見つからないように姿勢を低くする。
ゆっくりと音をたてないように扉を開くと、急に飛び込んで来た白い光に目を細めたーー。




prev next

- 37/37 -

しおりを挿む

表紙