the lonely dragon | ナノ


▼プロローグ





見渡す限りの同じ景色。広漠とした果てしない砂の大地。立ち止まれば足首ほど埋まってしまう細かい乳白色の砂粒。近くから照りつける巨大な楕円の太陽。朝方からの蓄えを放出させる乾いた地熱。地熱が生み出すゆらりと揺れる蜃気楼。耳を通り抜けるのは、風が砂を運ぶ音。上等な反物の布擦れのように穏やかな一群があれば、吹き荒び荒々しくとぐろを巻いて轟音をも響かせる。
水っ気の一切しないこの熱砂はもう何日、何カ月、何年。雨が降っていないのだろう。ここには生物と呼べる生物が生息していなかった。もっとも、微生物などのミクロの世界まで見えればそうは断言できないが、この地に留まり朝から日の一周を回って明け方までいることができるほど強い生命力を持つものは、頭の良い学者たちに確認されていない。
今となっては遥か遠い歴史のような重みすら感じる、自分の幼少期に読み聞かされた砂の大地――ファーラントを踏みしめ、その青年は朦朧とする意識の中で立っているのもやっとの状態だった。普段は口を開くたびに色帯び、薄紅に染まる愛らしく張りのある唇も、桃のように滑らかで触らずにはいられない頬も、どこかその成りを潜めている。陽光を浴びて輝く白髪は、砂の混じる風に晒されていようと下手な宝石よりも見事に美しく、むしろ殺伐とした背景に映える。陽の光を浴びて輝くこれを、銀髪と言うのが正しいか知れない。
そこまでは育ちが良く見えるのだが、青年が身につけている物がそれを疑わせた。二の腕まで捲くられた薄手の下着の様な長袖に、ストレッチが入った細身のパンツ。そして裸足。まるで追い剥ぎにでもあったのではという格好だが、青年が来た後ろを見れば一目瞭然。暑かったのだ。身につけていたものが等間隔で投げ捨てられていた。
灼熱の大地の上、青年は信じられないような姿で居た。この永遠に続く砂の大地に慣れていればもちろん、初めてであろうと日差しを遮る布や全身が隠れる衣を身に纏うし、徒歩での移動などもっての外だ。長時間無防備に居れば、皮膚が焼かれてしまう。
ずぶっ、ずぶっ。と沈み込むか細い足首を懸命に引き上げながら前へ出す。まるで沼の中を歩いているような感覚だ。

「っ…は……っ」

繰り返される音の無い呼吸。息をする度に肺や喉が焼かれていく。髪に守られていない顔が熱く痛い。途方も無く絶望しかないこの状況に涙も出なかった。思うことも顧みることも山のようにある。それなのに、熱砂に溶けた頭が思考を鈍らせる。喉が張り付いて、開けっぱなしの口の中はじゃりじゃりと砂の味がした。辛うじて息をできる状態の、ただれた喉は血を吐きそうな酷い痛みの具合いだ。

(かぁさま………っ
――どうして…)

薄れゆく視界、霞む思考。
 その中で青年は、死というものを瞼の裏に感じた。






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