the lonely dragon | ナノ


▼3



殿下は自分がサリーを身につけているのを見て不機嫌になった。それならと、シュリはさらに頭を俯け、ヴェールを両手で後ろにずらすとゆっくり顔を上げる。殿下がまだこの部屋にいるものならば詫びのつもりで頭を下げたいと思い振り向こうとした瞬間――、

「我ならこれを選ぶ…」

くいっと顎をすくい取られると、シュリはされるがまま上を向いた。すぐ近くに殿下の顔があることに戸惑いを隠せずアクアブルーの瞳が揺れる。触れている所から熱が一気に頬に上がり、きっと真っ赤になっているに違いない。

「お前に似合うのは、赤だ」

顎に手を添えたまま、目を細めた殿下は手中に握っていたものをレフィルに突きだした。殿下が握るチェーンにぶら下がる雫状の銀色の土台にはなにやら宝石の様なものが埋め込まれている。
今の今まで背後に貼り付いていたレフィルはそれを殿下から受け取ると、そっと首に着けてくれた。そのスムーズな連携に呆気にとられながら胸元を見ると、鎖骨の下の辺りで大きな赤が燃えている。
それは、他でもない本物のルビーだ。小指の爪ほど小粒だがとても値打ちがありそうで、石からは清らかなイメージが伝わってくる。

シュリは殿下が選んでくれた事が嬉しくて、数分前怯えていたのも忘れ、胸元を見つめながらふわりと柔らかく微笑んだ。どうやら嫌われてはいないらしい。

「……それはお前に与えよう。日夜問わず着けているがよい」

それに加えて耳に注ぎ込むようにそう囁いた殿下の声も、先ほどより穏やかな気がする。シュリはまた嬉しくなって、返事のつもりで大きく頷いた。

「良かった……」


しかし、レフィルがそう呟いた瞬間、空気が一変する。


「っ、レフィル!ついて来い!」


当初の目的を思い出したらしい殿下はレフィルの腕をふん掴んで連れて行ってしまった。

「きゃっ!乱暴しないでください!シュリさまぁ〜」

シュリは苦笑しながら引きずられる様にして連れて行かれたレフィルに手を振ると、1人になった静かな部屋でゆっくりと鏡に歩み寄る。白い肌に乗るルビーの雫。シュリはそのルビーを鏡越しに見ながら両手でそっと包み込むと神妙な面持ちで瞼を下ろす。

(まさか、私の正体を知って……)

――ドクリ。手の中のルビーが1度脈打つ感覚がシュリの手に伝わったが、本人はその嫌な予感を振り払うのに必死で気付かない。

瞼をさらに強く閉じた悲痛な表情で首を振る。


(そんなことあるはずがない。羽紅竜と分かっていて傍に置いてくださるはずがない。私は、災いの竜で、それで………――)


シュリはルビーから手を離すとふらりとよろめきながら鏡に背を向ける。


(災いの竜が、殿下のお傍に居ていいはずがない…)


自分自身の思考にひどく打ちひしがれた。ここ(殿下の傍)以外に居場所など無いのだから。

衣裳部屋と繋がっている自室に戻る為、暗い空気を纏ったシュリはゆっくりと瞼を開いた。
そこにはあるはずのものが無く、あるはずのないものがある。


燃えるような真紅の瞳。


開いた瞳の色は、瞬きの間に元の清廉を宿すアクアブルーに変わった。

一瞬現れた赤はまるで首元で光るルビーを嵌め込んだかのようだったが、いつもの感覚と変わらない本人は全く気付いていなかった。



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