▼2
けたたましい音をたてて現れたソーマ殿下は、大股で歩み寄ってくると背後のレフィルに掴み掛らんとする勢いで怒鳴り散らした。日除けを身につけているところを見ると、余所から戻ってきたところのようだ。
「レフィル!貴様何度言えば良(よ)いのだ!また老いぼれに――……!」
頭を垂れたままだったシュリは、そこで止まった殿下の声を不思議に思い、ふと顔を上げてみる。ヴェールが脱げぬようゆっくり上げる視線は、やがて鏡越しに殿下のそれとかち合う。
殿下は目を丸くしていた。普段の常に怒っているかのような鋭い視線とは全く異なった印象で、シュリまで驚いて同じように目を見開く。だがそれも一瞬で、我に返った殿下は普段よりさらに一層きつい眼差しで鏡を睨んだ。
「…………女ものを着せてどうする」
――ツキッ。
シュリの胸がいつかのようにまた痛みを伴って小さく疼く。
唸るような声だった。自分では似合っているのではと思っていただけに動揺してしまい、あからさまに表情に出て俯いた。
「そんなことをおっしゃらなくても…。お似合いなんですから良いじゃありませんか」
後ろから身体に細い腕が回され、優しい力で抱きしめられる。シュリの肩の横から顔を出したレフィルは、殿下に向かって不服そうな声で言った。
「不機嫌だからってシュリ様にあたらないでください」
殿下は気に入らなかったのだ。とシュリは思った。
男だというのに、女ものの、それもイーリスの民族衣装を着てしまった。侮辱だととられただろうか。殿下が産まれ生きたこの地のものを身に着け、風土に触れれば、少しは理解できるのではと…浅はかだっただろうか。
殿下はそれきり閉口してしまった。シュリも顔を上げられず俯く。そんなシュリに、レフィルは「大丈夫ですか?」と声をかけてきたが、シュリに答える余裕は無かった。消え失せたいと、ただそれしか考えられない。
「チッ…」
自分に向けられたに違いない舌打ちに、シュリの肩がビクリと大きく揺れる。
殿下が動く気配があって離れていく。シュリは顔面蒼白で、どうしようどうしようと焦る頭で何もできず立ち尽くした。せっかく会えたのに、自分を知ってもらい、相手のことを知りたいのに、それなのに怒らせてしまった。またどこかに行ってしまう。また暫く会えなくなってしまう。どうすれば…っ。
□しおりを挿む
□表紙