the lonely dragon | ナノ


▼3



「あれでもたまに喋るんですよ、あの人。…よいしょっと。レオンさんがこちらに居たということは、殿下も宮内にいらっしゃるんですね」

ソーマ殿下…。
シュリを窮地の事態から救ってくれた恩人で、ここパライゾの統治を任せられた王子だ。目が覚めて初めて彼に会った時、なんと自分勝手で手に負えない人だ。そう思ったが、その日の夜、彼の優しい部分に触れ、少なからず絆されてしまった。しかし、

(あれ以来、お会いできていない…。飽きてしまわれたのか)

殿下に対する最後の記憶は、あの寂しげな声を聞いたところで途絶えていた。

(でも、あれだけのことでもう会いにきてくださらないなんて…薄情な人です)

そして日に日に殿下のことを考える時間が増えている。持て余す時間の中で、彼が今何をしているのか、ただそれが知りたくて。でも問う術がない。レフィルの話の中に出てくることを願うしか……。それが今この時ではないか。
シュリははっとしてレフィルを呼ぶために自分の隣を叩いた。

「え……と、座れということですか?」

伝えたいこととはずれていたが、座った方が落ち着いて話せるだろうと頷いた。そして片付け終わり、ベッドに腰かけたレフィルをじっと見る。ソーマと同じ褐色の肌。肩まである癖の無い黒い髪。少し羨ましかった。元々黒髪に対して憧れはある。脳裏に父の大きな背中が過った。

「何かお飲物をお持ちいたします。お紅茶で……」

考える前にシュリの手は立ち上がる寸前のレフィルの手首を掴んでいた。

「シュリ様……」

シュリのおかしな行動に目をぱちぱちさせたレフィルは、一瞬間があったものの再び腰を下ろした。ややあって手首を放す。自分から切り出せないシュリは、レフィルが何か話してくれるのを待った。

「シュリ様、私……あなたのことを信じています」

(え……?)

沈黙の後、それはあまりに唐突で。てっきりソーマの話をするのだと思っていたシュリは驚いた。

「ほんとは少し、怖いんです。殿下が気まぐれで拾ってきただけで、あなたのことを詳しく知らないし、もしこれで本当は暗殺者だったなんてことになっても、私にはどうすることもできませんから、開き直っていますけど」

今まで考えもしなかった事実に愕然とする。明かされて初めて知るレフィルの葛藤。シュリはただ俯いた。もしかしたら、殿下が会いに来ないのは、そのせいでもあるのかと。シュリを疑うのは当然だ。出会い方から不自然で、その上口がきけず何も情報を与えられない。王族は何かと狙われるものなのだ。人間族は世界にごまんといるが、イーリスのパライゾのソーマ王子となれば、たった1人しかいない。その1人が殺されただけで大いなる憎しみが生まれ、やがて悲しみと怒りに包まれた国が動く。実際何度も誘拐や生命の危機に晒されたことがあるシュリは痛感している。青白くなったシュリの手に、そっとレフィルの手が重ねられた。

「殿下のこともあなたのことも、信じます」

信じるのではなく、信じるしかないのではないか。

(もし、私が羽紅竜だということを知ってしまったら…)

震えているのはシュリの手かレフィルの手か。顔を上げるとレフィルの優しい微笑みに包まれる。母性が滲み出るおおらかな微笑みは母と錯覚し、このまま抱きついてしまいそうになる。妹と言うに問題ない小ささのレフィルだが、これまで人間族とあまり関わりの無かったシュリは彼女の年齢を計り知れずにいた。
竜の方が幼児期の成長が早く、成人してからの成長が遅いのだ。ついでに寿命も長い。

「最初にも言いましたが、どんと私を頼ってください。私はあなたに尽くします」

自信を持ってそう宣言され、握られた手は、いつの間にか温かくなっていた。



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