the lonely dragon | ナノ


▼2


シュリはレフィルに余計な心配をかけるまいと立ち上がることに意識を向け、寝台から下ろした足で床を踏ん張った。しかし、

「あぶない!!」


――ガシャーン!!


自分が2、3日ろくに歩いていないことを忘れていたシュリは、以前の感覚で立ち上がろうとしてよろめき、寝台に備え付けてあった台に手をついたあげくそれと一緒に転倒してしまった。咄嗟のことで反応できなかったらしいレフィルは一呼吸あって手を伸ばしてくる。扉を開け放つ音、複数の陶器が震え転がる音、激しく脈打つ心音。なんだか分からないが絨毯の床に色々と散らばってしまった上、誰かが入ってきたらしい。
シュリは鈍い痛みでしかめ面になりながら脇を支えてくれたもう一人の方に顔を上げる。

「レオンさんごめんなさい。ありがとうございます」

間近にあったどきつい三白眼に反射的にびくついてしまった。肌の色がソーマやレフィルに比べて白く、艶の無い細めの黒髪は邪魔にならない程度に短く切り揃えられていて、前髪も眉の下までしかない。どきつい瞳を遮るものは何もない。怖々見つめて探っても、彼が何を考えているのか分からなかった。これほど接近するのは、剣を向けられたあの夜以来だ。蝋燭の灯りに薄らと怪しく光った刀身のような、鋭く冷たい捕食者の眼光。
シュリは立ち上がる力も出せず、片方の脇をレオンに持ち上げられ、もう一方の腕をレフィルに支えられながらベッドに腰かけた。幸い一時的な痛みだけでこれと言って怪我をした様子は無い。ベッドに落ち着いて顔を上げると、またレオンと視線が合った。どうしたらいいかわからなくて、とりあえずお礼を込めた会釈をする。大きな音を聞いて部屋に飛び込んできたようだが、実際は転げただけだったのが居た堪れない。
そうしていると、気に入らないのか何なのか、レオンは少しも感情や言葉を表に出さず、部屋から出て行ってしまった。
やはり、まるで口がきけないかのようだ。

「相変わらずの無愛想さんですね……。シュリ様怖かったでしょう?初対面だと誰でもびっくりするんですよ、あの人の態度や表情に。でもご安心くださいね、レオンさんは殿下のボディーガード…付き人のような存在ですから、あなたに危害が及ぶようなことは決してありませんので」

レフィルはシュリの顔色をうかがいながら直に身体を触ってくる。

「痛いところはありませんか?」

頷くと、「良かった…」と小さく笑い、床に散らばった物を腰をかがめて拾い始める。
さっきの話、シュリはレオンに一度会っていたが、レフィルには伝わっていないらしい。ここに来てすぐ、「いいですか、あなたの存在は他の誰にも知られてはいけません。王子殿下、シレンさん、レオンさん、そして私以外には。もし1人でも知られたら宮殿中にすぐに知られてしまいます」と言っていたから、殿下が話していないのだろう。

「レオンさんはいつの間にか殿下の付き人になっていたのです。剣の腕はたつし主に忠実だし。殿下も彼を信頼しているらしく……ですから私も、特に心配はしていないんですけど…。もう少し愛想良くできないものかと」

確かにあの夜に見た彼の腕は素晴らしいものだった。主とシュリの間に素早く剣を入れる俊敏な手さばき。その時のことを思い出したシュリは、急に胸が苦しくなり手でぎゅっと握った。レフィルは倒れた台を起こしながらこちらが目に入っていない。



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