the lonely dragon | ナノ


▼回復の兆し



うとうとまどろみの中にいたシュリは、遠くの方で感じる人の気配にゆっくりと意識を現へ引き上げた。

「……あ、お目覚めですか?」

棘の無い優しい声に、不十分に開いた眼でシュリは返事の代わりに微笑んだ。

「お身体はどうです?」

火傷のおかげで動くことさえままならない。火による火傷ではないのが幸いで、痕が残る個所は少なかったが、さぞ辛かろうと、世話役のレフィルの気遣いは細やかだった。シュリが身体を起こそうとするのを脇で支えてくれる。
竜は自然回復力が人よりも優れているので、痛みはもうほとんど無かった。なぜこれほど身体がだるいのかと考えるに、心から疲れているのだろう。

「今日は少し、お身体を動かしてみますか?」

シュリの微笑みの中に晴れない心を見出したのだろうか、レフィルが今までに無いことを言う。シュリは少し驚いて寝覚めの目を大きくしたが、感謝の気持ちを込めて頷いた。普段から太陽の下で走り回るような性格ではなかったが、ずっとベッドの上に居てはこのまま自分がベッドと一つになってしまうような気さえした。
レフィルはシュリがこの宮殿に来た時からとてもよく世話をしてくれている。口がきけずともどうにか意思の疎通を図ろうとする彼女が、シュリはとても嬉しかった。だからシュリも身振り手振りで伝えようとする。

「ふふっ、良い心掛けですね」

レフィルが寝間着の薄布を纏ったシュリの腰に手を回し、立とうとするのを助けてくれる。シュリが拾われてから3日目の朝だった。歩くには補助がいるが、立てないわけではない。ただ、喉をやられているせいで物をあまり食べられなくなってしまっていて、長時間起きていられなかった。
レフィルはとても優しく、よくしてくれている。ゆっくり身体を休めることができる安全な場所。食事は未だに流動食しか食べられない(火傷の所為で)が味は申し分なくおいしい。路頭に迷い、辿りついた先でこんなにいい処があるだろうか。
けれど…、

(…………)

シュリの心は空っぽだった。ここに来て都度懐かしい夢をみるが、目を覚ましてもいつもの朝はやって来ない。何度期待を裏切られればいいのか、レフィルが居ない時は常にベッドの上、何もすることが無いので眠りが訪れる。その度、郷愁の思いに胸がぎゅっと押しつぶされる。

(こんなにも苦しいのに…どうして、私は泣けない……)

家族と故郷を失っても涙の気配を感じなかった。昔飼っていた雛鳥が弱って死んでしまった時など泣き伏して食事も喉を通らなかった自分が。シュリは信じられなかった。
これほど大きな苦しみを悲しむよりもまず、できるだけの食事と睡眠をとるべきだと、生まれながらに本能で分かっているのかもしれない。この現実をまともに受け入れたその時、果たしてシュリは通常の精神を保っていられるのだろうか。

「シュリ様、さぁ、立てますか?」

シュリは囲いの中で何不自由なく与えられ、大切に育てられた箱入りなのだ。その箱入りは、あと少しでお嫁になるはずだった。あの夜、祝言の前夜だった。村に正式にシドを迎え入れ、皆に祝福され、穏やかに暮らしていけるはずだった。

「シュリさま?」

次第に影を落としていくシュリの表情に異変を感じたレフィルが気遣いの声をかける。




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