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「大仕事…?」
嫌な予感がして聞き返す言葉が小さくなる。
雇われて早6年ほど。雇い主の見せる表情がどういう感情の現われなのか、もう覚えてしまっている。竜にとってやりたくないであろう内容の時、こっちは全然楽しくないのに何故か笑う意地の悪い男だ。
「そうだ。1週間前、ソーマが何者かを宮中に拾ったらしい」
――ドクリ。「ソーマ」と、彼が最も意識している人物の名が挙がってより一層心臓が落ち着かなくなる。にこりと笑っていることができなくなり、頬が引き攣って笑顔が崩れた。
「どこの馬の骨とも分からぬやつだ。ソーマに何かあってからでは遅い。そいつを連れ出し、証拠が残らぬよう始末しろ」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
バルドレは知っている。彼が、ソーマに対して特別な感情を抱いていることを。
「それって誘拐して殺せってことですか!?」
幸い入り組んだ路地に居た2人の会話を聞く者の気配は無い。
竜が張り上げた声は、狭い空間に虚しく響いた。
ソーマが連れて来て手元に1週間も置いているということは、ソーマの所有物に等しい。そんな人物を殺すだなんて、ソーマに対する逆心も同じこと。
竜は大きく首を振って否を唱えた。
「そんなことできません!俺、俺は……っ、俺はソーマ王子の元で――っ」
「だが合格の通知は無い。不採用だということだろう」
「――――」
竜の口はいくつか言葉を形作ったが、何も言うことができずに項垂れる。
この竜が雇用試験を受けたというのは、まさしくイーリス(国)、パライゾ(街)の王子であるソーマの護衛兼秘書官だった。
ただ里を出てなんとなく目標を持てず、バルドレに雇われる直前に知ったソーマというたった一人の存在。彼の下で彼の役に立てるような働きがしたいと漠然と思ったあの日から、もう6年だ。それまでに新たに人を雇い入れるという募集は1度もない。これは千載一遇のチャンスだったのだ。それなのに…自分はチャンスをものにできなかった。
「もう諦めるのだな。そして私に忠誠を誓い、私を主人としろ」
バルドレは勝ち誇ったようにこう言った。
「ソーマはお前が思っているほど、まともじゃない」
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