▼宰相の企み
竜は歩きながらにくまんを口に運び、器用に人の間をすり抜けていく。
各国の屋台が集まるパライゾにはもちろん、にくまんをはじめとした伝統料理が集まってくる。料理によって気候に向き不向きはあるが、屋台に対する規制も緩和されている為、店側が商売しやすい環境だった。おかげで物の流通が盛んに行われ、大多数の民の財布は潤っている。
景気が良いと機嫌が良くなるわけで、犯罪も少なく治安も良い。それに加えて人種差別の意識も薄い。まさに楽園。
「うまいな〜やっぱ肉だよな〜」
至極にくまんの袋を抱えたまま幸せそうに目元を緩ませる竜。その背後で、歩調を合わせる者がいたのだが、にくまんに夢中な彼は気が付かない。
そして、がやがやと人の話し声が遠退きはじめた頃、その人物は唐突に声をかけてきた。
「こんなところで何をしている」
「――っ!ん、げほっ、げほっ!」
他者を斜め上から見下すようなよく知った声。にくまんにかぶりついたところだったから、きゅうっと喉が締まって慌てて胸を叩く。じわりと滲む視界に映ったのは、やはり想像していた通りの人物だった。
「げほっ、げほっ!んん…なっ、何って……」
彼の今の雇い主、イーリスの国王に仕える宰相、バルドレ。
今日は何の指示も受けていなかったから、空いた時間を狙って来たというのに。
言い訳をあれやこれや思い浮かべて一つ一つ使えないものを消していく。見つけた最良の答えを慌てて声に出した。
「道を覚えておこうと思って!…その、何かの役に立つかもしれない、ですし…?」
とってつけたような理由を並べ、様子を窺うと、相対するバルドレは変わらぬ様子で口を開いた。
「なるほどその必要が、あると?」
「え、あの、はい……」
(怒ってるわけじゃないのか……?)
怒っているどころか、口元だけ不気味に笑んでいる。
「予習は大切だ。そして、お前は一月の内に大仕事を遂行することになる」
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