the lonely dragon | ナノ


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2人きりになった途端、急に心臓が脈打つのが早くなった。この男の腹の底が知れない以上、上辺だけで付き合うにしろ常に緊張が付き纏う。何しろ気位の高い出で立ちや、醸し出す王そのものの雰囲気だけで(実際には王子だが)恐怖心を煽られる。風の噂でパライゾは竜と共に生活をし、竜にとってより住み易い環境になっているとは聞いていたが、実際のところは分からない。もしかしたら歓迎をしているのは国民だけで、王子だけでも竜を嫌っているかもしれない。
知識が大きいだけで、度胸は小さいわ勇気は無いわ見聞が狭いわ……。そんな自分が嫌になる。
気分がすっかり暗くなり、どんどん頭が下がっていく。するとまた軽く頭を撫でられたので怖々と顔を上げた。殿下は椅子に座れば良いものをベッドの縁に腰を下ろし、上半身を起こした自分の脇に片足をかけている。姿は人型だが元が竜なもので、撫でられたり体温の接触は好きだ。とても安らぐ。何度も一番上から首元までを撫でられる感触に浸りながら、次第に目を細めた。

「……このしなやかな髪、育ちが良いのだな」

殿下も気持ちが良いと感じてくれていたことが嬉しくて、閉じた瞼の下で薄らと微笑む。この髪が灼熱の炎や太陽に焼かれずに残っていてくれて良かったと、今確かにそう思った。緊張していた心が解けていく。

「……この銀髪といい白肌といい…お前はいったい何者だ?どこの竜で、何があってファーラントになど倒れていたのだ……。だが、竜に種族を聞くのは野暮というものか…」

声の低さは変わらないが、耳朶をくすぐるような優しい言い方。内側から何かが溢れるような気がして、触れられている大きな手にふるりと頭を押しつける。彼の地声はまるで昔から聞いていたかのように不思議と安らぎを得られる。
口がきけないので殿下の問いかけに答えることもできない。ふとした瞬間にやるせなさでいっぱいになった。

これでは本当に、殿下が言っていた通り、犬猫のようなただの愛玩動物で終わってしまう。

(……私は…。この人間と話をしたい、のだろうか)

初めて殿下を知った時は、傲慢で自分本位で酷い人だと思った。今し方部下に対する冷たい声も聞いた。しかし、自分に対しては今のところとても丁寧に、優しく取り扱ってくれている。ような気がする。態度では。
ここを追い出されれば行き場が無いのは分かっていた。故郷の様子は気になる。気になるが、自分は夢見る子供ではない。戻っても、今の状態では何もできないことは分かり切っていた。そもそも戻る前に、辿り着くことすらできはしない。殿下にここを出て行けと言われたら……。そこには死しか待っていない。元々自活能力が無い上に土地勘も無い上自害を選ぶ他無いだろう。そう簡単に死ぬなどと言えない身の上だが、なぶり殺されるよりも断然良い。むしろ誇り高き竜族であるならば、誰にも支配されぬ内にひっそりと命を絶って跡形も無く消え失せるべきなのだ。
いつの間にかぼんやりと見つめてしまっていたらしい。

「……身体はまだ痛むだろうが、我慢できぬようなら知らせるといい」

気遣わしげに両の二の腕を取られて包帯の上から薄らと体温が移ってきた。こちらの体温が低かった所為か、ぶるりと寒気がした。不可抗力だった。

「……我が、怖いか」

(え……?)

独り言だったのか、それまでと違い、微かな声だった。
あっと思った時には温もりが消え、気配も消え……殿下は扉の向こうに去ってしまった。
取り返しがつかないことをしてしまったのではないかと…、しかし引き留めるためには彼の背に縋りつく以外に方法が無い。そこまでのことをする力も無く、どうしたらいいのか途方に暮れながら、ただ彼が置いて行った燭台の灯火に注意がいった。


ゆらり…ゆらり……

あれだけのことがあったというのに、決して炎は恐怖の対象ではない。
それは竜族にとって、この身を守る武器であり、生きている証しでもあるのだから。しかし今の自分ではこの武器を手に取ることもできない。――竜化するには、声が必要なのだから。

シュリは寝台に静かに身体を横たえ、火傷に疼く身体が気にならないほどに、その灯火に見惚れていた。

――…そうして王子に拾われたはぐれ竜は、いつの間にか長い一日の終わりを迎える。
父、母、兄、恋人、そして家臣や里の者たち。いずれも無事なのか、はたまたそうでないのか、まだ何も分かっていない。
疲労が溜まっていたからか、幸いなことに朝まで安らかな眠りの中にいた。

目覚めた竜に待っているのは、残酷な現実だけ。





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