the lonely dragon | ナノ


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「だいたいお前は…、昔から軽率なんだ。どうしてよく周りの意見も聞かずにそんなことができる。その者の素性も分からないんだろう?すぐにでも追い出した方が良い。もう一度ファーラントに捨ててこい。まぁ、その末路は言わんでも分かるが…」

「……調子に乗るなよ」

怒りを咬み殺すような低い声が知らぬ間に落ちた。このまま好き勝手に言わせておくのには怒りが増えていくばかりで。動揺してよく動いていたのだろうが、バルドレの口が再び閉じた。

「お前は我に――、この王子に命ずることができるほどの立場か。…だいたい誰がお前を老院会に推薦したと思っている。誰の推薦で宰相などができると思って、話しているのか。何故我がお前を推薦したかよく考えて物を口にしろ、バーリー」

もちろん信頼していたからで、高い能力を買っていたからで。当時は気付かなかったが、唯一の存在に憧れていた自分の浅はかさだったかもしれない。
孤独を恐れていた。過去の自分はもう居ない。

愛称で呼ばれたバルドレは、顔をくしゃっと中央に寄せると、ただでさえ縮まっていた距離をさらにゼロに近付けてくる。その気迫に満ちた表情を見る限り今にも掴みかかってきそうで、さすがのソーマも顎を引いたが、その2人の視線を遮るようにスッと手が割って入った。

「お引き取りくださいバルドレ閣下」

凛とした、まるで聖歌の歌い手の様な清らかな声が落ちる。
ソーマはバルドレから視線を外し、現れた軍服の彼をしげしげと眺めた。褐色の肌なので我が国の出だとは分かるが、聞いたことがない声だ。そう思い顔を見やると、曖昧な記憶ではあったが、たしかに以前1度くらいは会っているようだ。顔が小奇麗なので印象には残っている。
彼は、城内の守備を固める為に置かれている親衛隊の隊服を身に付けた、細身の美男だった。

「いくら旧知の仲とはいえ、殿下に対してのあまりに失礼極まりない行動。これ以上は見過ごせません」

返事は求めていないと言いたげなはっきりとした物言いに気圧されたのか、バルドレは数歩下がって恨めしげに口を開く

「………ふん。パライゾにはまだお前の味方がいるんだな」

そのまま引き腰に後退しながら、ソーマの目を見たまま逸らさない。その薄暗い瞳には、確かな憎悪が滲んでいた。

「覚えておけ、あまり私に対して強気に出ないことだ。――私の竜が、いつでもお前の心臓を狙っているぞ」

喉に引っ掛けるように、じっくりと吐き出された言葉はまるで呪いのようだ。いったい何が彼をこんな風にしてしまったのか。
返す言葉を失ったソーマは、溜息をつきながら踵を返すと、親衛隊の彼に向かって

「この輩(やから)を丁重に外へ放り出せ」

と短い指示を送る。
すると彼は「お心のままに」と言っておいて、ソーマの耳に顔を寄せた。

「アレクセイ様にはこちらからお伝えいたします。…害虫を1匹駆除しましたと」

顔からは想像ができないほど強い毒に驚いたソーマは、一瞬返事を返すことを躊躇ったが、すぐに「任せた」と言いながらその場を立ち去った。
恐らくはまだ悪態尽きぬバルドレを、親衛隊の彼が最後まで追い返すであろう。

めずらしいことに、ソーマの執務室に向かう長い廊下には誰ひとり気配を感じない。あるのは外から吹き抜ける風の音と、しつこく反射しながら入り込む陽光だけ。もともと太陽の国と呼ばれるイーリスの民の肌が白より色濃いのは、陽をある程度浴びれるようにだ。この程度の強さならば、陽を浴びた褐色の肌は心地よい温度を体内へ伝えてくれる。
その陽光が差し込む柱の間でソーマは立ち止まる。

「――可哀想なアレクセイ、か」

普段より一層輝く己の金糸が眩しくて目を薄めると、額の髪をくしゃりと乱したきり。ソーマは
その場に立ち尽くした。




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