the lonely dragon | ナノ


▼王子と幼馴染



長い黒髪の中肉中背の男は、城内に足を踏み入れたところだった。

「お前に会うとは…奇妙なこともあるものだな」

ソーマたちと同じ民族衣装を身に纏ったバルドレは、いつも卑屈に曲がっている口元をいっそう深めてそう言った。いちいち気に障る男だ。

「ただの偶然だ。黙ってついて来い」

素っ気なく言うと来た道を先に歩き出す。早く客間に押し込んでしまいたかった。
いつもは避けて執務室に閉じこもるものの、今回はそうはいかない理由ができてしまったから。勝手にうろつかれて、張本人とはちあうことや、話を聞かれてはまずい。

「ついて来い?ふん、それも良いだろう」

ソーマに続いて大仰に身を返し、マントを翻したバルドレが言ったと同時に、スッと背中まで流れる黒髪が糸のようにその動きに合わせてしなった。2人分の足音が大理石の床に滑る。
バルドレは我が物顔で周囲を見やりながら、その口は止まらない。

「そういえば、ソーマ。たまたまパライゾに寄ってはみたが、…耳を疑いたくなるような話を聞いたぞ」

思いも寄らない言葉に、さすがのソーマも鼓動が早まった。

「お前…余所者を拾って、保護したそうだな」

「……それが、どうした」

できるだけ動揺が伝わらないように、目を合わさずに言った。声も抑え目で。客間まであと数メートルだというのにバルドレが足を止める。

「それがどうした、だと?」

いかにも気に入らないと言いたげに眉根を寄せるバルドレを、ソーマは鋭く流し見た。人を見下す本心を言葉の節々に感じる。この男の存在そのものが気に入らない。そう思い始めたのはいったいいつからだろうか。

「お前…分かっているのか?そいつがもし敵国のスパイならどうするつもりだ」

「どうもしない。お前に言われる筋合いは無いのだからな」

「っ――何かあってからでは遅いんだぞ!」

2人の間にぴんと張り詰めた空気が流れる。バルドレは苛立たしげに足を鳴らして間合いを縮めてきた。

「何故声を張る必要がある。我がしたことだ。何かあれば我が責を持てば良いこと」

「私は心配なんだ!ソーマ、お前が――!」

怒鳴った声が、大理石の廊下に響き渡る。
憤慨する相手に対し、ソーマは冷めた頭で冷静に遮った。

「アレクセイが、か」

「っっ!」

声が反響する廊下でなくともよく耳に通るソーマの声は、ゆっくり置くような声量でも拡張される。その名を出した途端、バルドレのよく動いていた口がたちまち止まった。ソーマは「ほれ見たことか」と、伝わるように薄めた視線を逸らす。
アレクセイ、とは、彼の弟であり、第2王子でもある。まだ可愛らしさが残る、歳の離れた少年だ。自分と違い、人懐っこい性格で、誰とでも打ち解けることができる。兄弟仲は上々で、ソーマもアレクセイが構ってほしそうにしていたら相手にしていた。一方で、ソーマはバルドレの変化を感じていた。

「も、もちろんだ…。もちろんアレク様のことも心配だ。だからこそこうやって言っている…」

ソーマとバルドレ、2人は幼少のころからの知り合いで、学帽を共にし、剣を競ったいわゆる幼馴染というやつだ。バルドレとは随分親しくした記憶がある。それに、色んな事を話した。彼とはこれから先もずっと、友だと思っていた。アレクが産まれ、パライゾにやってくる、その時までは。




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