the lonely dragon | ナノ


▼王子と竜族の事情



むかしから強く憧れているものがあった。
憧れていて、この手に入れて抱きたいものがあった。
それを実現するには、とても都合の良い出生だった。

――竜族。
人族と最も関わりの深い種族であり、非常に生態が類似している。しかし我々人族と違い、竜族の中でも神聖な種族とされている部類がある。竜族は彼らの中でも様々に種類が分かれ、実に端から端までバラエティに富んだ…と言えば神聖さに欠けるが、全く違った特徴を持っている。知能が遅れ、本能的な獰猛さに突出したもの。人間には扱えない、不思議な“魔力”と呼ぶ力を持つもの。人よりも遥か長い時を生きるもの。またその逆と、まだまだ知られざる存在があるだろう。
長くて太いトカゲのような尾に、分厚いコウモリのような羽、鋭いワニのような口と凶暴な鉤爪。それがふと浮かぶ人族の思う竜だ。見た目も豊富で、部類によっては四つ足で這うもの、羽が無いものなどもいるらしい。
その中でも特に知能のある竜は、人族と同等の立場で同じ空間で過ごしている。自分の姿を人に変えるのだ。見分けはつきにくいうえ、力の強さによっても異なるが、完全に人型をしているわけではないので、尾が出ていたり、耳が尖っていたりする。

彼らはとても高潔で、とても気位が高い。そのくせ忠心に厚く、一度懐けば犬のようについて歩き、主を溺愛してくるという。
実戦で活躍する四つ足の“地竜”を王宮で飼ってはいるが、巨大さと鎧のような硬い皮膚なもので、犬に求める可愛さは無い。

片時も離れず傍に居て、忠義を尽くしてくれる竜が欲しかった。
切っても切れない強い絆で結ばれた間柄というものを強く羨望していた――。



ソーマはシュリと別れた後、執務室で真面目に責務を全うしていた。イーリス第一王子の執務室は豪奢な飾りがちりばめられた賑やかな部屋…ではなく、彼の趣味で落ち着いた内装となっていた。もちろん、部屋の大きさは無駄に走り回れるほどで、並んでいる調度品は贈られた高価なものばかりだが、光りものが少ないといったかんじだ。どっしり構えたソーマの前には木造だが重厚な長机が置かれている。その上にはソーマの目の前を中心に、羽の生えたペンとペン置き、書類の束が無造作に並べられ、それでもまだ余る机上のスペースには、サファイアの目で睨みをきかせるふくよかな猫や、ルビーの首飾りを召している象牙造りの象が並ぶ。とくに物に執着しているわけではないが、貰ったのだからと落ち着いた色合いなので並べたが、全て自分の方では無く、来客者の方に向けているので訪れた人間は身が竦むだろう。

室内は彼1人で、執務中でありながらも気が抜ける数少ない時間だった。
王族の、しかも第一王子となれば、敵も多い。常に警戒心むき出しなのはもう何年も続けているので定着しているが。ソーマは周囲にあまり人を置かない。

丸まっている書簡を紐解いては読み、紐解いては読みを繰り返していたその時、
あわただしい足音と共に、短いノックで扉が開いた。

「殿下!!」

飛び込んできたのは、帰り支度を済ませたシレンだ。口元が隠れる日よけの布を纏い、指の自由が利く二の腕までの手袋を着け、さあ今から出て行くぞ!といった体(てい)だ。実際既に出て行ったと聞き及んでいただが、引き返したのか。
ソーマは何かあったと踏んで、作業を中断し重い腰を上げた。

「どうした、騒々しい」

「殿下!た、たいへんです!バルドレ閣下がお見えです――!」

「なに…?」

思わぬ人物に眉間の皺が寄る。

「もし、宮殿の中を自由に歩かれでもしたら…っ」

「あの部屋は客間に近い…。くそっ」

「お迎えに上ってください!私はその間にシュリ様とレフィルに警戒を呼びかけます!」

「……わかった」

なぜ、どうして臣下でもないシレンがそこまで精力的に動くのかは小さな疑問で、“警戒”というフレーズには失礼だと思ったが今はそれどころではない。ソーマは脚の長さを生かしたストロークで歩き出した。元々、これからお目見えするであろうあの男のことなどどうでもいいのだ。
執務室の外に控えていた側近に「片付けておけ」と命じて後にする。
問題は、いかにしてシュリのことを隠しおおせるか、ただそれだけである。



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