the lonely dragon | ナノ


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シレンに答えていたが、黙っていたままだった殿下が思わずといったように呟いたので視線を移した。

「大切な……か。やはり竜族にも人と同じような感情があるとでも言うのか」

顎に手をあてて腕を組む。その格好は難解な問題を思案しているそれだったが、逆になぜ疑問に思うのだろうか。そしてごく当たり前に確認もしないまま自分が竜族だということで話が進んでしまっている。初めて耳にしたであろう女性の様子を窺うと、案の定口を開けていた。

「えっ、竜……?」

当然の驚きである。殿下は我が物顔で頷いた。

「竜だ」

「え、でも、だって、……竜族って人型になる時に何かしら竜の名残が出ますよね――…。竜?」

見上げた先の女性の訝しげな視線が痛く、目を合わせないようにと視線を逸らす。勝手に竜だと断言されて、心の隅で何かが燻ぶるような気がした。

「で、でも、耳も私たちと変わりませんよ?」

「力が大きい竜なのだろう。完全に人に変化できるほどに」

「…殿下」

またシレンが強い語気で殿下を呼んだ。何事かと顔を上げると、6つの目が同時に自分に向いている。気付けば、随分眉間を寄せていたらしい。目の上の筋肉が痛んだ。

「シュリ様が怒っていらっしゃいますよ。悲しんでいるか怒っているか……どちらにしろ不機嫌なご様子です」

「それは……何故だ」

「……っと、シュリ様?突然竜だなんだと言って申し訳ありません。その……シュリ様は竜族、ですよね」

純粋になぜかと思っているらしい殿下に答えもせず、シレンが申し訳なさそうに手に触れてくる。とても温かで、雰囲気に似合わないしっかりとした男性の手だった。手を緩く握り返しながら、不服だと表す為に、合っていた視線を下へ外してゆっくりと頷く。冷静になってみると、なぜ竜だと分かるのか説明してくれなければ機嫌を直してやることなど出来ない。今後その点を改善しなければこの身が危ないのだから。そんな様子を見て、シレンは膝立ちになると、近付いた距離でまた謝ってきた。手をぎゅっと握りこまれる。動いた布に擦れた腕がじりじり痛かった。

「本当に申し訳ありません。…お許しいただけませんか?あなたが竜だと言い出したのは、この私です」

眉間に酷く皺を寄せながら垂れる目がなんとも悲しげで、とても「ノー」とは言えない。どちらとも言えず黙っていると、説明が始まった。

「私が駆け付けた時点で、あなたは息も絶え絶えで酷い状態でした。全身の火傷の所為か、とてもうなされていて…。あなたの痛みが無くなればと、人族に効く、麻酔の効果がある香を差し上げたのです。しかし効かずに……」

愕然とした。体質など、変えようが無い。変えることを思い付きすらしなかった。母にも教わっていない。そんなことがあるなんて……。

「竜族用の麻酔香に換えてみると、その…」

助けようとした結果、付属品のように情報を得たということか。驚くと同時に、シレン個人の能力の高さに感心する。調香師とは馴染みの無い職業だが、手広くやっているらしい。
まだしょげている相手の手を励ますように握った。その途端はっとした顔を上げたシレンに力の無い笑みで、大丈夫だと伝える。こういう時、声が無いのがもどかしい。

「……シュリ、さまっ」

「もう良(よ)いだろう。それで、何があってあのような所に落ちていた?それと、腕のこともある。…シレン」

「はっ、はい!」

再び赤くなったシレンだが、名を呼ばれて我に返ったように立ち上がった。温もりが離れて引いていく熱が、物足りないような寂しいような。拾ってくれたのが、このシレンなら良かった。

「早く続けろ」

この情緒も何もない、自分勝手で傲慢な男でなく。




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