the lonely dragon | ナノ


▼事実確認


それからまた始まった2人の当たり障り無い会話を聞いていると、程なくして戸を叩くノック音がした。相変わらず動きが鈍い身体で2人の後方にあるドアへ視線を送る。ソーマ殿下が「入れ」と命じると、躊躇いも無く開いた隙間から、しなやかな動きで女性が入室した。初めて見る人族の女性だ。
初めて見たからかもしれないが、彼女は全体的に小さい印象だった。質素なクリーム色の薄布だが、手首や足首まで袖がある布の延長線の様な衣を身に纏っている。ここではそれが常識なのだろう。自分の痛々しく巻かれた包帯にそう思った。自分が住んでいた場所と違って随分と強い日差しだった。ファーラントを踏みしめていればさらに。あの時、じりじりと肌が焼けるのを感じていた。炎でできたものか、陽光か、どちらにしろ火傷をこの肌に負っているのは確定的だ。包帯で覆っている場所全てに傷があるのだと思えば、鬱々とした。

「お呼びでしょうか」

「よく来たレフィル。戸を閉めて鍵を掛けろ」

ガチャリ。女性が従順に鍵を閉め、寝台に寝そべる自分を見つけると、説明を求めるように殿下を見た。2人ともに似たような肌の色をしている。白でもなく、黒でもない、どちらとも言えず、表す色が見つからない。ただ、褐色と。昔学んだことがあった。ファーラント周辺の民は、肌が陽光に負けてしまわないように自分たちの白い肌より茶色に似た色をしているそうだ。なるほどシレンだけは2人よりも肌が白い。机上で知識を手に入れていたが、実際に見たのは初めてだ。
うやうやしく頭を垂れたレフィルの黒髪は、肩の上でさらりと揺れた。ソーマが片手を上げたのを合図にまた顔を上げる。

「役者は揃った」

何か重要な話を始めるようだ。口の片側を引き上げて笑んではいるが、シレンと掛け合いをしていた時との雰囲気がまるで違う。不思議な人だ。王子というからには若そうに見えるが、既に王のような風格がある。生まれながらにして王なのだろう。それが彼をとても魅力的に見せる要素の1つなのだ。

「シレン、始めろ」

「……はい。それでは…。こちらは、あなたのものですか?」

シレンが穏やかな表情を少し引き締め、手を差し出してきた。それだけでは見えないほど小さい。首だけで覗き込むと、見えた物にはっと息をのむ。小さな輪っか。裏に何が刻まれているか、知っている。

「シュリ。それが、あなたのお名前ですね」

“愛しいシュリ”。銀色の指輪に目と意識を奪われながら、こくりと頷いた。

「大切な方からの、贈られ物ですか?」

大切な……。シド……。
すぐには答えられなかった。シレンの意味する「大切な」とは、きっと思い出すだけで心が温かくなったり切なくなったりする恋しい相手の事だろう。確かに大切なシドに贈られたものだったが、別にシドを思い出したところで。ただ、寂寥と虚しさだけが胸に募る。大切だった。恋人という関係だった。それに変わりはなかった。ただ――。

「……違うんですか?」

おや?と首を傾げたシレンに申し訳なく、一度首を振ってから、すぐに頷いた。

(いいえ…。その通りです)

大切の意味は違う。でも、表面に乗る言葉は同じ。
守ってくれる、愛を囁いてくれる、強い雄だった。たしかに自分も、シドに対して情があった。歳を重ねていくと情が移る。そういう類のものだった。シドと仲良くしていると、母が笑ってくれた。それだけでじゅうぶんだった。




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