the lonely dragon | ナノ


▼2


「何か良からぬことを思い出させてしまったようだな。シレン、お前の話を聞いてからだ。謝罪を」

隣に並び立つ調香師に命ずる彼をぼんやりと見つめた。払い除けた手を気にする素振りも無い。まるで自分は関係無いと言わんばかりの発言だが、調香師――、シレンは、高くは無いが形の良い鼻をつんと反らして対応していた。殿下と呼ばれているからにはその前に“王子”と名がついて、それなりに偉いのだろう。
微妙に棘の入ったやりとりはどうやら日常的に行われているらしい。お互い距離を分かっていて話していると理解すれば、中傷交じりだというのに随分小気味良かった。

「私1人の問題ではないと思いますけど。…殿下。この方は砂漠に酷い状態でいらっしゃったのでしょう。少なからず何かしらトラブルがあってのことだと思います。しばらく不安定な状態が続くかと。ご配慮ください」

「不安定?お前は医者でもないのにわかるのか」

そして染み入るようなシレン独特の声で毒を吐くのでそれもまた驚かされる。

「そのお医者でもない私をここに呼びつけたのはどこの王子でしょうか」

「なるほど。人型の竜を飼うのも…容易ではないのだな」

ドキリとする。

「……はぁ。あなたはまた…。もう少しタイミングというものがあるでしょうに」

思わず全身が痛いのも忘れて身体を起こそうとして顔をしかめる。じっくり眺めるとまではいかなかったが、たしかに自分は遜色無い人の姿をしているはずだった。少し肌や髪の色が人離れしているが。
なのになぜ、ばれた。白い顔を青白くさせていると、シレンの手が包帯の施されていない右の手に触れた。節くれの無い奇麗な手だ。ついさっき温もりを拒絶していたというのに、シレンの手はどういうわけか受け入れられた。その横ではソーマ殿下が面白くなさそうに口を曲げている。自分よりも、シレンよりも大きい男。その表情の変化は僅かだったが、気にしないでほしいという意思を含んで微笑んだ。そしてそれを見てさらに眉間を寄せる。シレンのことで笑っていると勘違いしているのだろうか。今度は可笑しかった。

「急に申し訳ありません。まずは、今の状況がお分かりでないかと思いますので、説明から入ります」

軽くお辞儀をするシレンに視線を戻した。横たわる自分を見下ろす眼差しはとても優しい。焦りは最早消え失せ、彼の言葉を聞く為に相槌を打った。

「ここはイーリスです。…ご存知ですか?あなたがなぜファーラント(砂漠)であのような格好で倒れていたのかは分かりませんが、そのあなたを拾い上げたのが、ここにいらっしゃいます、イーリスの第一王子であらせられる、ソーマ殿下です」

自分はこの男に拾われたのだと。改めて視線を移せば、開けばとても大きそうな口に得意げな笑みが乗っていた。そして慣れているだろう文言を述べる。目を細めて力を入れ、その瞬間だけはっとするような気迫を放つ男に目を奪われた。なるほど王族のオーラがある。

「イーリス王国第一王子ソーマ・ラゴーネ・ラヴァリス。このパライゾに離宮を構えておる。…これが飼い主の素性だ。気に入ったか」

飼い主と未だに言い張る男に戸惑う。竜だとばれているなら尚更。人族にとって竜族は恐怖心を抱く対象だ。戦の道具となり兵器であり。または、強大な力で大地だけとは言わず、全てを統べる神聖な種族である。そんな竜を小型ならまだしも、人型の自分を、容易に飼うと言ってしまう気が知れない。
――そう。自分は竜なのだ。彼らが言うように、羽紅(ハク)の後ろには竜が付き、“羽紅竜”として呼ばれている。しかし、竜と知られてしまっても、羽紅竜と知られなければそれで良い。彼らが離れていかないのはまだ知られていないからだろう。人族にとって、自分は悪しき存在そのものなのだから。そこは少しほっとした。

「……無反応とはいい度胸だ。決めたぞシレン。なんとしてでもこいつを懐柔させてみせよう」

頷きもしないのを意地を張っているとでも思われたらしい。主の決意を聞いたシレンは、呆れたと言わんばかりに頬を引きつらせている。

「ご勝手にどうぞ……王子殿下」




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