the lonely dragon | ナノ


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「あなたを女の子に産んであげられれば良かったのです…。そうであったなら、何の違和感も無かった」

子供には意味が分からなかったらしい。こてんと首を傾げた。知識がしっかりしているわりに、行動が子供だ。客観的に見ていると恥ずかしい。昔の自分は本当にコレなのか。

「我が一族では男が強く、女は守られる者という風習が根強いでしょう?羽紅の子を2人とも戦場に出して、失ってしまってはどうしますか。ですからあなたは、女人のように大人しくしているのです。そしていつか……素敵な殿方と出逢いなさい」

「素敵な…とのがた?」

「ええ。母が父と出逢ったように。そして、可愛らしい子供たちと…」

「か、かあさまっ!?私はたしかに女児の格好をしていますが、男児です!男同士では子を生(な)せないのでは…!」

年相応に慌てふためく子を、母はとても微笑ましげに眺めた後、白いがとても温かな手で頭を撫でた。他の誰に撫でられてもこれほど落ち着くことは無い。母の愛情が籠っている。それだけでとても幸せな気分になれた。

「そうですね…。母はすっかりあなたがまだ子供だということを失念していました。……どうやって子が生を受けるかを知っていますか?」

「えぇ。…やり方は分からないけど、交配、をするんですよね?または“抱き合う”なども聞いたことがあります。それは男同士ではできないんでしょう?」

それが恥ずかしい知識だと知らずに胸を張る辺り、まだまだ子供だ。母は「まぁ…」と大きな水色の目を丸くして頬を赤くしていた。色白だから分かりやすい。ちなみにこの子が成長して10と余年後、母の生き写しのようによく似ている。

「そ、そうね。間違えではないです。ですが……。その常識はあくまで力の無い種族に当てはまること。我々のように力があれば、単体で子を作ることも難しくはありません」

母はその後、目の前の幼子に、どうやって1人で子を作るかを教えた。だから、守ってもらえるような強力な雄が必要なのだと。守られていればいいという母に、生まれて初めて反抗心が芽生えた。尊敬している大好きな兄のように強くなりたかった。その力で、誰かを守りたい。母を、家族を。

「――そもそもこの方法は、身体が小さい者が自らより大きな子を造るのに用いられる方法で――、」

「かあさま」

「はい……どうかしましたか?」

茶化されないように、誤魔化されないように。必死だった。真剣だった。真剣な顔付きで、子供が母を見る。話を遮られた母は、気分を害した様子も無く、優しく微笑んでいた。

「かぁさま。けれど私は、武術を学びたいのです。剣術の教えを請いたいのです」

母はその微笑みのまま表情を固めてしまった。

「な、何を……っ」

今思えば、後にも先にも、反抗したのはあの時だけ。しかしその決断で、自分の人生は大いに変わった。母に悲しい顔をさせてしまっている。それだけで胸が潰れそうに痛かったのを覚えている。

「にいさまのように…とうさまのように、強く、なりたい。私だって…戦場に行きたいと言っているのではありません。生きる上で、自分のことを守りたいし、かぁさまのことだって、お守りしたい。子ができたら、その子の事を守りたい」

自分の細腕が非力だと分かっていた。兄に腕相撲では勝てないし、父は背を向けるだけでその偉大さがひしひしと伝わってくる。母のように大きく温かいわけでもない。自分には何もない。自信も、何も。

この時母が折れていなければ、ただの箱入りで終わっただろう。だが、もしかしたらこの数年後に起こる“忌まわしきあの日”を迎えることはなかったかもしれない。先日の不幸な出来事すら。いったい何がきっかけで人生が狂うか分からない。

『いけません!にげなさい!あなただけでも…っ、生き残るのです!』

母の最期の言葉。
最期の叱咤。最期の愛情。

結局大切な母を守るなど、夢幻だったのだろうか。
このちっぽけな四肢で守りきれるものなど、存在し得ないのかもしれない。
ふと枯れ果てていたはずの悲しみの器が溢れ出し、頬がゆっくりと濡れるのを感じた。




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