「あっ、宮地先輩」

オリエンテーションも無事に終わった、ある日のお昼休みのことだった。
小さく呟いた声が聞こえたのか、メニューを見ていた宮地先輩が振り向いた。その視線は少しだけ上をさまよって、そしてハッとしたように下に降りる。
…どうせわたしはちっちゃいですよ。




「あぁ、東か」
「こんにちは先輩。これからお昼ですか?」
「まぁな」
「…もしかして、一人ですか?」
「今日はたまたま、何時も食べる奴等が用事あっただけだ。…お前こそ、いつも幼馴染みと食べてるんじゃなかったのか」
「今日は二人とも用事で」
「つまり一人か」
「…はい」

一人(とかいてぼっちだとかロンリーと読む)という言葉を余程心外だと思ったのか、宮地先輩はわたしにも同じ切り返しをしてきた。

「…なら、一緒に食べるか?」
「えっ良いんですか?」
「あぁ。この学校は男ばかりだからな。一人でいたら何が起こるかわからんだろう?」

そう言ってくれた宮地先輩は同じくメニューを見ていたわたしを見ると「何にするんだ」と言った。

「蟹座定食…ですかね…」
「そうか」

すると宮地先輩は「席を頼む」とだけ言って受け取り口に群がる正直むさ苦しい集団の中に涼しい顔をして入っていった。流石。

(というか、もしかしなくても、わたしの分も買ってきてくれるつもりなのかな…)

そう思うととても申し訳なく思ったけれど、正直わたしにあの集団の中に突入する勇気も技量もないので、宮地先輩の心遣いはとてもありがたかった。
そういう訳で、わたしは言われた通り、混み合う食堂をゆっくり歩いて二人分の席を探す。
けれど、やっぱりというか混んでいる食堂に誰もいない席はなくて、誰かと相席になってしまうのは確実だった。

「ど、どうしよう…」

クラスメートと仲良くなったとはいえ根本的に引っ込み思案で男慣れをしていないわたしに、見ず知らずの男の人(しかも殆ど年上)にいきなり話し掛けるような勇気は無い。けれど、どうにかしないと席はどんどん埋まっていく。

傍から見れば小さなことかもしれない。でも、これがわたしにとっては大きな障害なのだ。

(でも…勇気、出さなきゃ…!)

そう覚悟を決めて、足を踏み出した時。

「東知慧、ちゃん?」
「へっ?!」

突然後ろから呼ばれて、自分でもびっくりする位裏返った声が出てしまった。すると、声の主も「わっ、ご、ごめんね!」と焦ったような声を上げた。
と、そこでわたしはふと違和感に気づいて後ろを振り返る。こんなに高い可愛い声を出す人といったら―――

「あっ、あなたは…」
「こんにちは」

思った通り、後ろにいたのはこの学園のマドンナと名高い夜久月子先輩だった。すらりとした脚が眩しい先輩は、可愛らしい微笑みを浮かべてわたしに話し掛けてくる。

「東知慧ちゃんだよね?」
「はい!夜久月子先輩ですよね?」
「知っててくれたんだ!…翼君があなたの話をしてくれて、気になってたの。それに、女子は私しかいなかったから、嬉しくて」

よろしくね、と差し出された手を握り、握手を交わす。月子先輩はクラスメートが噂していた通り、優しくて可愛い人だった。しかも、月子先輩はわたしに「女の子同士だし、何かあったら遠慮なく言ってね」とまで言ってくれた。そんな姿に、わたしはまるでお姉ちゃんができたような気がして嬉しくなった。

「お昼、まだなの?一人?」
「だったんですけど、たまたま宮地先輩に会って…」
「夜久?」
「あっ宮地君。…そうだ!二人とも、私達と一緒に食べない?」
「わたし“達”?」
「東月と七海も一緒か?」
「うん!」
「どうする、東」
「…じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」

わたしがそう言うと、月子先輩はすごく嬉しそうな顔をして「じゃあ、行こ!」とわたしの手を握った。そのまま軽やかに人混みを抜ける先輩に引っ張られ、わたしも慌てて転んだりぶつかったりしないよう足を動かした。



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