「…どうすっかねぇ……」

アルヴィンは溜息と共にそう零した。
頭上に燃える真っ赤な夕焼け空は普段ならじっくり見ようと思うだろうが、今はそんなことをしている場合ではない。

「………ぅ…」

小さく聞こえた呻き声に、アルヴィンは慌てて「それ」が苦しくならないように体勢を変えてやる。
胡座をかいたアルヴィンの膝の上、彼の胸にぐったりと体を預けているのは、体中小さな傷だらけのナマエだった。


事の発端は、いつものように魔物と戦闘をしていた時だった。襲いかかる魔物をいつものように軽やかに倒していたナマエが、珍しく一瞬の隙を突かれて宙に吹き飛ばされたのだ。
空中に浮いた姿をちらりと見たアルヴィンは「ナマエのことだから空中で体勢を立て直せるだろう」と思って視界から外したのだが、一瞬後のミラとジュードの焦った声に振り向けば、なんと彼女はそのまま崖を落ちていってしまったのだった。
マズい。そう思った時には彼の体は宙に飛び出しており、アルヴィンはナマエを追って崖を落下してしまい、冒頭に至る。


「ジュード君達にどう知らせるか、だよなぁ」

ミラが力を使えたなら、精霊を使うなりして今頃彼等と合流出来ていただろう。
だが、今、ミラは力が使えない。そんな彼等に、こんな崖下の場所が探せるだろうか。多分きっと無理だ。

「せめて治癒が出来れば…」

そうすれば、ナマエの傷を治しこちらからも動くことが出来るのだが、生憎アルヴィンはそちらの方面はからっきしだった。

「つーか熱あるんなら言えよ…」

アルヴィンが見つけた時には、ナマエは受け身を取り損ねたのか体中傷と打撲だらけであり、さらにはそれらの怪我からの熱と元々あったという熱がダブルで彼女を襲っていた。慌てて声を掛ければかろうじてまだ意識はあり傷も深くはなかったため、寒いと訴える彼女が少しでも暖まればと体を抱え込む今の体勢を取ったわけだが。

「ほんとどーすんの、これ」

溜息を吐きながら、手持ち無沙汰な彼はナマエの髪を撫でた。ふわふわとした癖っ毛が心地良くてそのまま撫でていれば、不意にナマエが手に頭を擦り寄せてきてぎょっとする。

正直、今のアルヴィンにこの体勢は色々と辛いものがあった。
ナマエは少々子供っぽい性格をしているが、これでも21歳の立派な成人である。レイアのような10近く離れた少女ではなく、うら若い女性なのだ。

そんな人を膝の上に乗せて後ろから抱え込んで、しかも相手は完全にこちらに体を預けきっているなど、他の男が聞いたら羨ましがるシチュエーションかもしれない。

しかし今のアルヴィンにあるのはひたすら理由のわからない気まずさといたたまれなさだけだった。

相手が色香漂う、バーによく居るタイプの女性だったらまだ役得だと思えただろう。だが、相手は旅の仲間の、しかも歳の近い、年下の女である。妙に生々しく、流石のアルヴィンもどぎまぎするしかないのだ。

どこの青春ドラマだよ、とツッコミたくもなるが、取り敢えず今彼の中では凄まじい葛藤が起きていた。

「ん……」

ふるる、と小さく身震いしてナマエが体を擦り寄せてくる。寒いのだろう。猫のようなその行動に、思わず笑ってしまう。
なんとなく頬を撫でれば、彼女の目がゆっくり開かれた。焦点の合っていない瞳がアルヴィンをとらえる。

(…まずいな)

何がまずいのかはわからない。ただ今彼女と目を合わせたら終わりな気がして、アルヴィンは素早く彼女の目を手で覆った。

「んー…?」
「お前は取り敢えず寝ろ」

怪訝そうなナマエにそう囁けば、こくりと首が動いたと同時に彼女の体から再び力が抜けた。

ナマエが寝たのを確認して、アルヴィンは大きな溜息を吐く。
内心ではこれ以上寒いと言われたらどうしようという不安しかなかった。
というのも。

(これ以上暖かくする方法って言ったら…脱ぐしかないぞ)

術が使えないアルヴィンに残っているのは最終手段、人肌だけだった。因みにやましい方の意味ではない。言葉通りの人肌同士という意味である。
しかし、この手段を使うということは通りすがりあるいは旅の仲間に変態呼ばわりされる可能性もあるわけで。アルヴィンとしては使わなくて良かったと心の底からほっとした方法である。

「早く助けに来てくれー…」

空を仰ぎ、小さく呟く。自分でも情けないと思うアルヴィンだった。


動揺、混乱


(おっはよー…あれアルヴィンどうしたの?)
(お前…何も覚えてないとか…?)
(え、何が?)
(………もういい。なんでもない)
(うん…?)

この後二人は無事救助されました。
人肌っていうのはお互いに服を脱いで抱きしめあうっていうやつです。遥か昔のち●おだかなんかのヴァンパイア漫画(not紳士同盟)で見たのを思い出して。あれなんて名前だったかな…。
混乱と動揺でよくわからないことを考えだすアルヴィンでした。




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