(夢主設定はこれ)


「…あぁ、そっか」

カレンダーを見て、あたしはやっと虎徹さんが朝から浮かれていた理由を思い出した。今日は父の日。もう何十年も前に父を亡くしてから縁遠くなっていた懐かしい日だ。朝から楓ちゃんに会いに行った虎徹さんの締まりのない笑顔を思い出して、あたしはふと名案を考えついた。
虎徹さんは父でもなんでもないけれど、こんなどこの馬の骨とも知らないあたしを拾ってくれた恩がある。それに、あたしはいつも小さい外見を使って彼に甘えてばかりだから。少しは、彼に感謝を伝えたい。
あたしはこの名案を実行に移すため、能力のリミッターになっているピアスを外したのだった。



◆ ◆ ◆



「もーぐっすり眠っちゃって……」

お酒を飲んで寝てしまった虎徹さんを念動でベッドまで運ぶ。布団をしっかり掛けてあげると、あたしはベッドの縁に腰掛けた。虎徹さんが寝ていることを確認すると、あたしは日がある間に考えた名案を実行に移すことに決めた。

(…よし)

まず、虎徹さんにヒュプノを掛け、途中でバレないように彼を深い眠りに誘う。次にサイコメトリーで必要な記憶を虎徹さんから拝借。そして最後はテレパス、ヒュプノ、サイコメトリーを複合させ、夢を操作する。簡単だけれどこれが私からのお礼だ。
ヒュプノでぐっすりな虎徹さんの腕に手を触れ、記憶にお邪魔すればきらきらと輝く沢山の思い出。勝手に覗く罪悪感半分、羨ましさ半分で、思わず私の手は一瞬動きを止めてしまう。慌てて首を振って集中すると、あたしは虎徹さんの記憶を巡っていった。

(…いた)

虎徹さんの記憶の中、目的の「その人」は殆ど笑顔だった。喧嘩をしても結局最期は仲直りして。いつも虎徹さんの傍に「その人」はいた。
ぎゅっと痛む心。
ほんとにちょっとだけ、虎徹さんの記憶をいじってしまおうかと考えてしまった。

(でも…そんなことをしても、きっと虎徹さんは喜ばないよね)

「この人」を亡くして確かに辛い思いをしたかもしれないけど、それでも虎徹さんにとって、この記憶は何よりも幸せで大切な記憶だから。今だって大切に結婚指輪をしている虎徹さんだもん、絶対、「この人」と過ごした日々は、要らない記憶じゃない。あたしは今までそんな体験をしたこともないしそうなるまで人と関われたことはない(兵部君やつぼみちゃんは別だ)けど、流石にそれ位はわかるから。

あたしは虎徹さんが好きだ。しかも、これはlikeじゃない、loveだ。でも、それ以上にあたしは、こんなに気味の悪い能力を持ったあたしに手を差し伸べてくれた虎徹さんが幸せになってくれるならそれでいい。虎徹さんが笑ってくれるなら、あたしはなんだって出来るから。この夢を見て、明日虎徹さんが幸せになってくれたら、笑ってくれたらいいと思う。

「…おやすみ、虎徹さん」

虎徹さんの目元に手を当てて「良い夢を」と呟き、あたしは虎徹さんの夢に干渉を始めた。



◆ ◆ ◆



「虎徹さん、朝ですよ。起きてくださーい」

そう高い声と共にゆさゆさと体を揺らされて、虎徹は思わず「楓…?」と呟いた。しかし覚醒してみればそれは最近から居候しだした少女の声で、虎徹は「悪い」と呟き体を起こした。

「朝ご飯出来てますよー。今日は和食、頑張ってみました」
「サンキュ。悪いな、お前に任せちまって」
「居候なんで当然です。…それにしても、随分気持ち良さそうに寝てましたね。起こしていいのか迷いましたよ」

「何か良い夢でも?」とナマエに問われた虎徹の脳内に、ある映像が浮かぶ。虎徹は無意識に笑顔が浮かぶのを感じた。

「あぁ。…ほんと、良い夢だったよ」

夢の中の笑顔の「彼女」を思い浮かべたら不意に泣きそうになって、虎徹は慌ててベッドから起き上がった。リビングに向かう彼の目は自然と左手の結婚指輪に向かい、彼は流れるような動作で指輪にキスを落とす。
そんな幸せそうな彼の様子を見てナマエもまた泣きそうになったが、それを悟られまいと彼女は虎徹の腰に向かって勢い良くタックルをかましたのだった。



世界でいちばんやさしいひと
title by ヘンシン




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -