名前を呼べば、貴方は振り返ってくれる。そうしていつも、私の頭を撫でてくれる。
それはそれで、嬉しい、んだけど。
私が欲しいのはそういうんじゃないんだよ、ねぇ。


「虎徹さん!」
「おぉナマエちゃんじゃねぇか!相変わらず元気だな」
「はい!虎徹さんもいつもお疲れ様です!」

そうやって朝、ジムの前で話すのが、私のささやかな楽しみで運試し。もし虎徹さんと話しが出来れば、今日1日張り切って仕事が出来るってわかってるから。なんて単純なんだろう、と我ながら思うけれどしょうがない、だって虎徹さんが好きだから。
虎徹さんの左手が私の頭を撫でる。ふと視界に入った薬指の輝きに、私はこっそり目を伏せた。
虎徹さんの家族のことは知っている。一児の父だということも、男やもめだということも。それでも良いって思ってしまうんだから、この恋は質が悪い。
虎徹さんは今でも奥さんのことを大事にしていて、私が入る隙間なんて正直どこにもないと思う。でも、それでも、私は好きだから。そんな貴方が好きだから。

「あれっお前、その髪留め…」
「昨日、たまたま見つけて思わず買ったんです」
「へぇ、可愛いな。似合ってるぞ」

ナチュラルに言われた一言に、頬が自然と緩む。嬉しい、誉められた。
顔が赤くなってしまっていそうだけれど、そんなことよりも何よりも、虎徹さんに誉められたのが幸せなんだ。さっき少し落ち込んだばかりなのに、私って本当にゲンキンだなぁ。

「お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます。…それでは、私はこれで。トレーニング頑張って下さい」
「おう。ナマエちゃんも仕事頑張れよ」

一つお辞儀をして、足取り軽く虎徹さんに背を向け歩き出す。途中で振り返れば虎徹さんはまだこっちを見ていて、目が合うと手を振ってくれた。それがまた嬉しくて、私は笑顔で手を振り返した。

今はまだ遠いけど、いつか絶対追いついて、隣に並んでみせるから。


鈍足チェイサー



「…お世辞で言ったわけじゃないんだけどな」

遠ざかるナマエの背中を見つめながらそう呟くと、虎徹は片手を尻のポケットに突っ込んで溜息を吐いた。その瞳は自然と左手の薬指に目が行き、また溜息が零れる。

「何溜息なんて吐いちゃってるのよ」
「……」
「ナマエのことなんでしょ、どうせ」

苦笑気味に呟かれた言葉に、虎徹はうっと呻く。そんな様子を見てネイサンは「図星、ね」とさらに笑みを深めた。

「アンタがびびってちゃあ、あの子はいつまで経ってもあのままよ。好きなんでしょ?」

何も答えない虎徹に、ネイサンはさらに言葉を続ける。

「気にしてるのは年?それとも…」
「そんなわけじゃねぇよ」

そうはっきり言った虎徹に、ネイサンは口を閉じた。振り返った虎徹と視線がかち合い、ネイサンは「…あら」とおどけたように眉を上げる。

「意外ね。…今のアンタ、ロックバイソンが見たらきっと驚くわよ」
「そうか?」

そう笑う虎徹の顔はすっきりとしていて。その瞳を見てネイサンは珍しくにやりと笑った。

「手加減してあげなさいよ。あの子恋愛初心者なんだから」
「おう、まかせとけ」

すれ違い様ハンチング帽をかぶり直し、虎徹はひらひらと片手を挙げて去っていった。その後ろ姿に、ネイサンは笑って呟く。

「…どーだかねぇ」

恋愛相談をしてくれていたナマエには悪いが、彼女の想いは今まで全て虎徹に筒抜けだ。だから当然、虎徹は容赦せず攻めてくるだろう。何せ相思相愛なのはもうわかっているのだから。唯一の救いは虎徹の理性が割としっかりしているということだが、それもどこまで保つのやら。
近い内に結ばれるであろう新たなカップルを思い、ネイサンは一人嬉しくなるのだった。


(別に遠慮してるわけじゃない)
(ただ、追い掛けられるのも悪くないと思っただけで)

title by morlbon

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