「うちのTraumを助けて頂いてありがとうございました」
「いえ、ヒーローとして当然のことをしたまでですから」
「そうそう。だから顔上げてくれよ」

マネージャーだという女性に頭を下げられ、僕とおじさんは慌ててそう言った。ここは病院のとある一室で、Traumさんは今、ベッドで一人眠っている。

「Traumさんの容態は…?」
「落ち着いてます。気を失っただけですから」
「にしても血と炎が苦手か…まさかウロボロスの?」

おじさんの言葉に、マネージャーさんは小さく頷くと少しずつ話を始めた。

「両親を殺された時、彼女はまだ3歳でした。お二人は著名な人類学者で…私は元々助手をしていたのですが、本当に仲の良い御家族でいらっしゃいました。ですがあの日、私が所用で彼女の家に向かった時には、もう…。」
「夫妻は殺されていたんですね」
「はい。慌てて家に上がれば、彼女はお二人の亡骸の傍に座って呆然としていました。火事が起き始めていましたから、私は彼女を連れて逃げるので精一杯で…」

「それ以来です」とマネージャーさんは言う。それ以来、彼女は血や炎を見ると倒れてしまうのだと。

「ショックからか事件当時のことは全く覚えていないようですが、やはり強く印象に残っているのか…血と炎、それと蛇も駄目になってしまって」
「蛇?」
「はい。多分、ウロボロスのマークが原因だと思います。あのマークは自らの尾を噛んでいる蛇の姿ですから」

マネージャーの言葉に、おじさんは「へー」と関心した様な声を上げる。…貴方今知ったんですか。僕が思わず溜息を吐いたその時のことだった。

「…う………」
「Traum!目が覚めたのね!」
「此処…は…?」
「病院ですよ、Traumさん」

そう告げるが、まだ状況を把握しきれていないのかそれとも意識がはっきりしていないのか、彼女の返事はどこかふわふわとしている。

「他の人…は……」
「みんな避難させましたから、安心して下さい」

僕の言葉に安堵の息を吐くと、Traumさんは上体を起こそうとした。慌てて背中を支えると彼女は僕を見て微笑んだ。

「…ありがとう、ございます」
「……いえ、」
「Traum、お二人にお礼を。お二人が助けて下さらなかったら、貴女今頃瓦礫の下だったのよ」

マネージャーの言葉に、Traumさんがハッとした顔で僕を見た。そのままぺこりと頭を下げられる。

「助けて頂き、ありがとうございました」
「気にしないで下さい。貴女に怪我が無くて良かった」

彼女の様子が面白くてつい笑ってしまうと、Traumさんは恥ずかしそうな顔をした。
ふと時計を見る。そういえば、取材が入っていた気がする。おじさんを見れば小さく頷いたので、僕は彼女に退出すると伝えようと口を開いた。
しかし。

「Traumさん、」
「ほとりです」

彼女の言葉の意味がわからず「は?」と訊き返す。すると、彼女は僕を真っ直ぐ見つめて口を開く。

この目だ。インタビューで僕に質問をした時と同じ、澱みの無い真っ直ぐな目。
あの時と同じ目を向けられて、僕は一瞬言葉に詰まった。
どうして、僕はこの目を向けられると居心地悪く感じるのだろう。

「私の名前。Traumじゃなくて、ほとりです」
「ほとり、さん?」
「はい」

僕の言葉に、Traumさん…ほとりさんは、ふわりと満足げに笑って頷いた。その笑顔に思わず見惚れた僕の肩を、不意におじさんが叩いた。

「すんません、俺達そろそろ仕事に戻らなくちゃいけなくて…な、バニー?」
「…え、えぇ。取り敢えず、貴女の無事がわかって良かった。これからも頑張って下さい」
「はい。お二人も、頑張って下さい。…あっ、バーナビーさん」

呼び止められて、僕は振り返る。ほとりさんは僕を見て一瞬躊躇したように見えたが、すぐに口を開いた。

「…無理は、駄目ですよ」
「……っ」

一瞬、顔が強張った。
それでもなんとか笑みを作って「心配して下さって有難う御座います」と答えると、彼女の顔が僅かに曇った気がした。

どうしてだろう。
彼女の言葉に他意は無いとわかっているのに、聞く度に怖いと思う。
何故かはわからない。ただ、心が叫ぶのだ。それ以上聞くな、耳を塞げ、と。

部屋から出て、僕は考える。この気持ちの理由を。
自分の感情が自分でもよくわからなかった。
そして深く考え込んでしまった僕は、おじさんが複雑そうな目で僕を見ていたことに気づかなかったのだった。


星の消えた夜のこと



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