「待たせたな」

ロトムと遊んでいた手を止めて顔を上げたわたしは、ジムの鍵を片手にこちらに歩いてくるデンジを見た。

「お疲れ様」

そう言うとロトムも「お疲れ!」というように鳴く。それを見てデンジはロトムに優しく笑いかけると、おもむろにその頭を撫でた。

「…デンジすごい。流石」
「…?」

わたしの呟きに、デンジが何が?と言いたげにこっちを見た。

「このロトムは人見知りが激しいって言ったでしょ?本部にいた時なんて、誰かにいきなり触られただけで大泣きしてたんだよ」

「電気ポケモン使いは伊達じゃないね」と笑えば、デンジは「当たり前だろ」と小さく笑って、でもその後すぐに気まずそうに顔を逸らした。

「…悪かった」
「え?…あぁ、さっき出るの渋ってたやつ?」
「それもある。あと…4年前」

少し視線が泳いだ後、ぼそりと呟かれた言葉。それにわたしは4年前のことを思い出して、そして今のデンジの態度に思わず「…え?」と間抜けな声を出してしまった。

「だから…」
「いや、4年前のことっていうのは分かってるよ?でも…え?」

何を勘違いしたのかもう一度言おうとしてきたデンジを慌てて制して、わたしは必死に頭を働かせる。だって、ねちっこくって頑固だったあのデンジが、自分から謝るなんて…!

小さい頃のデンジはそれはもう頑固で、おまけにねちっこかった。意外と引きずるタイプだし、一度喧嘩するとわたしが折れるまで絶対に折れない子だった。だからデンジと喧嘩しても謝るのは殆どわたしで、デンジが自分から反省する姿なんて今まで見たことなかった。
そんなデンジが自分から謝ったのだ。驚かない方が可笑しい。そう正直に話すと、デンジは呆れたように口を開いた。

「お前の中の俺は何歳で止まってるんだ。4年も経って、変わらない方がおかしいだろ」

デンジにそう言われて、わたしはなんだか不思議な、妙に納得した気分になった。何故、と訊かれてもどうしてそうなったのかはわかられないけれど。
そして、わたしはここに初めて、今更だけれどまじまじとデンジの姿を見たのだ。

今までは気づかなかったけれど、意識すればする程わかるその変化。より大きく開いた身長差と、がっしりした体格。ジムリーダーになったからか、雰囲気もだいぶ変わった気がする。
でも、それらよりも何よりも大きく変わったと思ったのはその目つきだ。昔は喧嘩っ早くて、どこか睨みつけるようだったのに、今は彼を落ち着きのある人間に見せている。

(…ていうか、かっこよくなった?)

昔はかっこいいのと可愛いのが混ざったようだったのに、今はもっと精悍になったというか、男前になったというか…。
と、そこまで考えてわたしはハッとなった。いやいや、何考えてんの、わたし!

デンジが首を傾げるのも構わずに、ぶんぶんと首を横に振る。顔が火照っているのは気のせいだと思いたい。
でも、そんな思いとは裏腹に、軽くパニックを起こしていたわたしの脳内には昨日の同僚の言葉が再生されてしまった。しかも、彼女のにやけ顔付きで。

―――夫婦仲良くね。

だから夫婦じゃないってば!!

「…おい、本当に大丈夫か?」

「顔赤いぞ」と言うデンジに「ダ、ダイジョウブ…!」と慌てて返したけれど、彼は納得できなかったみたいで。不意に額を触られて驚きのあまり変な声が出た。恥ずかしい…!

「熱あるんじゃないか?」
「えっそんなことない……っ!」
「っ…!おい!ナツ!」

それだけじゃなくさらに顔を覗き込まれたわたしの脳は、パニックに耐えられなかったらしい。ふらりと傾いた体は、重力に従って地面に向かう。腕の中からはロトムの焦った鳴き声が聞こえて、踏ん張ろうとするけれど力が入らない。

(あれ、これってもしかしなくても風邪なんじゃ…?)

そんな考えを最後に、わたしの意識は闇の中に消えた。
まさか、こんなベタな展開になるなんて…。



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