「ロトムか…」
デンジは口元に手を当てて呟いた。そのまま少し考えていたけれど、やがて彼は小さな溜息を吐いた。
「どう…でしょう?」
「…ぱっと見ただけじゃなんとも言えないな…」
「そ、ですか…」
なんだこれ。なんだこの空気。
すごく、気まずい。向かい合って椅子に座ってるから余計に気まずい。
ジムの中にある控え室に通されたわたしは、数年ぶりに幼なじみと再会した。
目が合った瞬間見事に固まったデンジは、ジムトレーナーさんに声を掛けられて、ぎこちなくだけれどわたしをこの部屋に通してくれたわけなんだけれど。
どっからどうみても、他人行儀なのだ。いやまぁその度合いはわたしの方が酷いけど。
よそよそしいわ目は合わせないわで、お互い良い歳した大人なのに情けない気がする。特にわたし。
「宙に浮けない、か………ん?」
「どうかした、んですか?」
「もしかしたら……出てこい、サンダース」
不意にデンジがサンダースを出した。わたしはその意図がわからないから、取り敢えず黙って成り行きを見守ることにする。
「ロトム、サンダースに電気ショックしてみてくれ」
デンジの言葉に元気良く鳴くと、ロトムは電撃を放出しようと身構えた。ロトムの体からパチパチと火花が散る音が聞こえる―――と、思ったら。
「!!ロトム、止めろ!」
「ロトムストップ!」
思わずわたしまで大声を出してしまった。けれど、ロトムはその声に驚いて構えを解いてくれたから結果的には良かった。
でも、さっきのは本当に驚いた。
だって火花の量が異常な位に多かったし、ロトムの体がどんどん光って―――それこそ、爆発しちゃうんじゃないかって思った。
そっと抱え上げると、自分の身に起きたことに気づいていないロトムは腕の中から「どうしたの?」と言いたげな目でわたしを見た。取り敢えず「大丈夫だよ」という意味を込めて撫でてあげると、ロトムは嬉しそうに鳴いた。
「やっぱりな……」
「…何か、わかったの?」
「恐らく。…当分ロトムを預かってもいいか?」
「わたしは…構わない…けど…」
デンジの言葉に思わず腕の中を見れば、案の定涙目で茫然とするロトムの姿。ハッと我に返るなりわたしに必死にしがみついて泣き叫ぶこと泣き叫ぶこと。目からボロボロと涙を零して懇願してくるロトムは端から見てすごく可愛い。可愛いんだけど。
「ごめん…この子すっごい人見知りなんだ…」
「………」
本部でこの子の保護者を決める時も凄かった。あれは多分というか絶対「さわぐ」を使ってたんだと思う。最早「さわぐ」どころじゃなくて泣き叫ぶ域に達していたけど。
まぁわからなくもないんだけどね。この子を保護した状況が状況だし。
でもなんだろう。この、子育てしてますって感じは。
わたしの言葉に珍しく苦笑いしたデンジは「なら、」と口を開いた。
「ジムの仕事が終わるまで待っててくれないか」
「あ、わかった。待ってる」
そう返したところでさっきのジムトレーナーさんが現れて、デンジにチャレンジャーが来たことを伝えた。デンジは「すぐ行く」と言って扉に向かう。けれど、何を思ったのか足を止めてこっちを振り返った。
「………おかえり」
…一瞬、何を言われたのかわからなかった。
ただ口は反射的に「ただいま」と返していて、それを聞いたデンジは小さく笑って今度こそ部屋から出ていった。
どうやら、デンジの方が遥かに「大人」だったみたいだ。