私の趣味はパイプオルガンを弾くことだ。殆どの曲は網羅しているし、リクエストされれば大抵の曲は楽譜があれば弾ける(オルガンの楽譜は一曲が長い上に鍵盤の段が多いから、オルガニストに暗譜は求められないのだ)。
どんな曲も…弾いたことが無い筈の曲でさえも一度は弾き込んだ感覚があって、初見で弾くことができる。それが何故なのか私にはわからない。でもそういう感覚は物心つく頃からあって、暇さえあれば思い返すように指と足が動いていた。

耳の傷といい、私には自分でもわからない謎が沢山ある。
自分なのに、自分のことがわからない。それが時々、すごく怖くなるのだ。



◆ ◆ ◆



「……俺は…お前の言うとおりバカだから……なんとでも言え…!」

静まり返った教室で、燐は低く、小さく呟いた。

「だけどな……」

刀を持つ燐の手が動き。

「兄に銃なんか向けてんじゃねぇ…」

刀を抜き放って、燐は叫んだ。

「兄弟だろ!!!!」

その燐の馬鹿みたいに(っていうか馬鹿なのか…)真っ直ぐな言葉に、私は思わず小さく笑ってしまった。そして同時に、燐の成長を嬉しく思った。

(かっこいーじゃん、燐)

昔は怒るとすぐ頭に血がのぼってしまって、私と雪男がいない時はいつも一人だった燐。正直すぎるその性格は時に苛烈すぎるあまりに、沢山の人を傷つけてしまった。
きっと燐は、今までずっともがき続けてきたんだろう。もがいてもがいて、ひたすら真っ直ぐにもがき続けたからこそ、彼の言葉はこんなにも人の心に響く。

燐はその後いつの間にか雪男の後ろにいたホブゴブリンを一撃で倒すと、刀をしまった。

「…とうさんの最期は…どんなだった…?」

燐に背中を向けて、雪男が問い掛けた。それに燐は「…カッコよかったよ」と返す。

「俺を守って死んだ。…祓魔師になろうと思ったのも復讐とかそんな難しいことじゃねーんだ」

燐の顔が辛そうに歪んだ。

「ただ俺は、強くなりたい。俺の所為で誰かが死ぬのはもう嫌だ!!」

そう告げた燐に、雪男はふっと笑って「それなら僕と同じだ」と返した。

「…僕もただ強くなりたくて祓魔師になった」
(…私も、同じだよ。二人共)

そう内心で呟くと、私は胸につけているロケットペンダントを開いた。
中にはせんせと小さな奥村兄弟、それに私が集まって笑っている写真。ロケットの横についた赤いキューブの石を転がしながら、私はみんなが入ってくるまで写真を眺め続けていた。



◆ ◆ ◆



「…肩に力が入りすぎですよ先生…もっと人生味わわねば」

通話が切れた携帯を置くと、桜餅を頬張りながらメフィストは呟いた。

「それに敵は騎士團の上層部だけじゃない…そろそろ“父親”も動き出す」
「ソーデスネ」

その目の前でごまだんごを片手に、私は適当な相槌を打っていた。
ホブゴブリン凶暴化事件の後、私はメフィストに呼び出されて理事長室に来ていた。大方、なんで塾に入ろうと思ったか、とかだろう。

「それにしても驚きましたねぇ。貴女のような優秀な祓魔師が、いきなり塾に入れろなんて言い出すとは」
「あははっ。ちょっと初心に返ってみたくなったんですよー。何事も初心は大事です。…“初志貫徹”ってやつです」

そうにこりと笑えば、メフィストも笑って口を開く。…相変わらず胡散臭いピエロだわ。

「謙虚さは日本人の美徳ですねぇ。…ですが、だったら貴女の母校であるドイツにすれば良かったのでは?」
「…メフィスト卿、貴方はわかってないですね…!」

私がそう言って椅子から立ち上がりにやりと笑うと、メフィストが片方の眉を上げた。

「アニメで見る日本の“学園生活”ってやつを私も体験したかったんですよっ!制服を着て授業に臨み!教室で授業を受け!みんなでわいわい話す休み時間!!生粋の日本人にも関わらずそれを体験しないのは日本人としてどうなのかと思いましてですねっ?!」

「…というのは冗談ですけど」としれっ言って着席すると、メフィストの口元が若干ひきつっているのが見えた。ざまぁ!

「…貴方の推測する通り、奥村燐の監視が目的です。安心して下さい。これは私の独断ですから」
「現聖騎士がよく許しましたね」
「ポーカーでイカサマすればちょちょいのちょいですあんな男。寧ろいっぺん身包み剥がしてやろうかと思いましたね」
「貴女下手な悪魔よりあくどいですね」
「そりゃどもです」

そう言ってへらりと笑い、私は言葉を続ける。

「まぁメフィスト卿には一応感謝はしてますし、燐に関する意見は貴方や藤本神父と同じです。…よって燐に関してはスルーさせて頂きます」

そう言って私は席を立つと、「美味しいごまだんごをありがとうございました」と言ってドアに歩み寄った。
ドアを開ける寸前に、口を開く。

「ですが…あまり大きな事が起きるとフォローできませんから」

「いかんせん“若輩者”ですので」と呟き、私は理事長室から退出した。

背中に「…謙虚さも過ぎればただの嫌味ですよ」と言うメフィストの声をしっかり聞きながら。



◆ ◆ ◆



「やっほーお二人さーん」

602号室に向かうと、二人はぽかんとした顔でこちらを見つめた。どうやら驚きすぎて声も出ないらしい。

「…なんで夜尋がここに…」
「なんで、って、私がお隣さんだからだよー」

そう言って笑えば燐が「はあああ?!」と叫んだ。

「しょーがないじゃない。理事長命令だし」
「あの人は何を考えてるんだ…」
「急な入学の所為で女子寮に空きが無いんだってー」

私の言葉に雪男は何を思ったのか眼鏡を光らせた。

「ちょうど良かった。夜尋も一緒に今日出した課題を片付けようよ」
「課題?…そんなのあったっけ?」
「……兄さんと同じこと言わないでよ…」

その後、私と燐(というか燐のみ)は雪男にみっちりしごかれることになったのでした。雪男…アンタ将来ほんと看守に向いてるんじゃないかな……!!


Title by メルヘン




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