私の右耳には長い傷痕がある。耳の付け根から真っ直ぐに伸びたそれは傷というには痕が綺麗で、しかも見方によっては翼のような模様にも見えるのだ。耳自体に異常が無かったこともあり、これが原因で小さい頃からいろんな人に怖がられたものだ。

私がこの傷について知っていることは、たったの二つだけ。
生まれつきだっていうこと。
そして、この傷ができた理由はわからないということだけだった。



◆ ◆ ◆



「ひま……」

塾の鍵を弄びながら、私は小さく呟いた。入学式が終わってすぐメフィストから予めもらっていた鍵で祓魔塾に来たのは良かったけれど、肝心の燐が来ない。

(まぁ学園内なら何か起きることはないと思うんだけど…)

まさかケンカとかしてないよね?ケンカはあのド派手ピエロの管轄外だわ…どうしよう。
なんて馬鹿なことを思いながら(だって暇だし)も、鍵を手のあらゆる箇所でくるくる動かし続ける。

(そういえば私、そもそも燐にペイジになるって言ったっけ…?)

だから燐さっきそわそわしてたのかな…。何も知らない人の前で祓魔師云々なんて言えないもんね。

「…にしてもひまである……」

こうなったら鍵を誰かにぶつけてみるか…?リアクションが良さそうなのは……あ、あそこの目つき悪い男の子とか良さそう?しかも良い具合におでこ出てるし…!隣の坊主の子はいじめたら可哀想だよねぇ。その横のピンクは頭の中花畑っぽそうだから却下かなー。
そんなことを考えるどころか実行しようとしていた私だったけど、扉が開く重たい音でハッと我にかえった。私が問題起こしちゃ駄目じゃん…!

(あ、燐だ)

横に犬(メフィスト似合わないわー)を連れて教室に入ってきた燐は、室内をきょろきょろと見回した。そうして人数を数えるように動いていた視線が私とかち合う。

「って…夜尋?!」
「やっほー」
「いややっほーじゃねぇだろ!お前、なんでここに…」
「彼女もあの日、私に祓魔師になりたいと言ってきたんですよ」
「メフィスト…お前…!」
「祓魔師は万年人員不足なんですよ」

「今ここにいる人数だって多い方なんですよ」と言うメフィストに、燐はなんだか釈然としないと言いたげな顔を向けていた。

(燐、君が驚くことはまだあるよ…ほら来た)

「はーい静かに」と言う声が聞こえたので前を向けば団服を着た雪男が立っていて、案の定燐が驚いて叫んだ。五月蝿いよ燐。
それだけじゃなくて、燐は私の件もあって我慢の限界を越えたのか授業中にも関わらず雪男にいろいろ疑問をぶつけていた。ほらほらなんか目つき悪いデコの男の子(さっき鍵ぶつけようとした子ね)が苛立ってるよーなんかオーラが怖いよーひしひしと怒りが伝わってくるよー。

と、そこでついに燐がキレて雪男の肩を掴んだ。突然の行動に雪男の手が滑って試験管が抜け落ちる。
ガシャン、という音を立て割れた試験管と、立ち上る悪臭。
……あーあ、やっちゃった。



◆ ◆ ◆



「どうしよー……」

教室の後ろの方の机。そこに体を隠しながら、私は小さく呟いた。
臭いだした悪臭をかぎつけて凶暴化したホブゴブリンが複数体現れた為、自主的に(?)残った燐を除くペイジはみんな教室の外に避難する筈だったんだけど。

(ドア閉めんなよ燐のばかやろう…!)

私が教室を出る前にドア閉めやがって…!おかげで出られないじゃんか…!!!
とはいってもそんなこと言ったってどうしようもないので、私はこっちに気づいた少数のホブゴブリンを迎え撃つべくナイフを構えた。
私のメインウエポンはメイスだ。メイスは戦鎚とも呼ばれる打撃用の武器で、私の場合は薙刀にも変化する。ただ、私の武器はその特徴上柄が普通の倍以上あって扱いには慣れが必要なので、そんなもんを振り回していたら戦い慣れしているのがモロバレだ(というか第一デカすぎて持ってこれない)。かと言って拳銃類は音がするし、これも射撃反動に慣れているイコール戦い慣れしているということになってしまう。
そういう訳で、私はもしもの為に太ももというベタな場所にナイフを仕込んでいたわけだけど…まさか初日から使うとは思わなかったよ燐……。

心の中で溜息を吐きながら、私はホブゴブリンを倒していく。教室の前の方でも激しい銃声がしているから、雪男が派手にやっているようだ。

「とうさんは最強の祓魔師だった…!」

ふと、雪男の声と共に銃声が止んだ。
こっちはこっちで倒し終わったので机から少しだけ顔を出してみれば、雪男と燐が何やら険悪な空気を醸し出していた。

「それが、“あんな形”でサタンの侵入を許す事はなかったはず。…何か精神に致命的なダメージでもない限り」

雪男の言葉に、燐が目を見開いた。…何か、思い当たる節があるんだね。
その様子に雪男も気づいたのか、燐を追い詰めるように静かに口を開く。

「何か“言った”んじゃないの?」
「お…俺は…」

藤本神父は、皮肉にも自分が守り続けていた者の無意識の言葉によって弱点を突かれた。
流石に藤本神父もこうなる可能性は予想出来なかっただろう。ましてや自分が必死に育ててきた「息子」なら尚更。
でもこれは燐だけが悪いんじゃない。燐に彼の出生について教えていればこんなことにはならなかった筈なのだから、むしろ私達の方が悪いんだと思う。

「とうさんに弱みがあるとしたらそれは…」

雪男が銃を構えた。

「…兄さんだ」

銃口を真っ直ぐ燐に向けて、雪男は口を開いた。

「兄さんが、とうさんを殺したんだ」

なんで上手くいかないんだろう。
燐にちゃんと話していたら、藤本神父は死ななかったんだろうか。
私達の選択は…秘密を抱えることは、間違っていたんだろうか。


Title by メルヘン




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